黒髪ふんわり幼馴染系少女さな と優位性 3
「橘君、今の人きれいだね?」
沙奈はその雰囲気にマッチしたやわらかい声で俺に話しかけてくる。それにしてもいまだに橘君と呼ばれると反応が遅れる。
うちの両親は離婚していて、おれは母親に引き取られたため名字が変わったのだ。旧姓は橘ナオト。パソコンから引っ張り出してきたときにエラーでも起こしたのか、あいつが不完全でひっぱりだしてきたのか、はたまたよからぬことをたくらんでおれの旧姓を呼んでくる沙奈を出したのかは知らないが困ったやつだ。
「奇妙な人だったね、の間違いだろ?」
俺はすぐさまそう言い返す。容姿が整っているのは認めるが沙奈の前であいつをほめるのは想像できうる限り二番目に癪なことだ。ちなみに一番癪なのはあいつの目の前であいつをほめること。
「仲、いいんだね……」
沙奈は目を細めて両手を膝に置きながらぽつりとそうつぶやく。俺が想像した通りの沙奈だ、おしとやかでおとなしくて優しくて主人公の事を気にしているのに臆病でなかなか言いだせない。白いレース素材のふわふわしたワンピースはそんな彼女にとてもよく似合っていた。
「仲良かったら、俺たち置いて勝手にどっかいったりしないだろ」
そう、あのバカは何を血迷ったのかこの暑い中一人散歩に出かけてしまった。おかげでこの広い家の中、今は沙奈と二人きりの状態である。
「沙奈、飯食ったか?」
「まだだよ、橘君も?」
「ああ、良かったら一緒にくうか?」
「うん」
ほっとしたのか嬉しそうに笑う沙奈を見てちょっとどきっとしたのは内緒だ。
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沙奈と二人で階段を下りてリビングにつくと水滴がびっしりついたペットボトルが置きっぱなしになっていた。そういえばさっきいらいらしながら飲んだ時出しっぱなしにしたままだ。冷蔵庫をあけて中を見てみるとほとんど材料がない。
「ソーメンくらいしかないけど、買いものでも行くか?」
「あ、ソーメンで大丈夫だよ。私お湯沸かしちゃうね」
沙奈はそういいながらすばやく俺のエプロンをつけると、とっとっとという足音とともにコンロの前に立ち料理を始める。すごい、謙虚な上に料理まで自分でし始めた。人のレモンタルトを勝手に食べたアホに爪をまるごと煎じて飲ませてやりたいくらいだ。男物のエプロンをつけている沙奈を見ていると、彼女が料理を作りに来てくれているかのような錯覚に陥る。あと、エプロンをつけても一部がすごい強調されてて色々と危ない。
「台所に立って料理してもらって、一緒に準備するってなんか良いな」
麺つゆやお皿などを出しながらおれは沙奈に向かってそう言う。片親な上に母親が忙しくてしょっちゅう出張に行くので誰かが台所に立っている光景はひどく懐かしい。約一名この家には居候がいるがあいつは食い専なので料理どころかお湯すら沸かさない。母さんが多少多めに入れてくれているからいいが、住んでいる人間が2人になったので家計を切り詰めないと危ないのだ。実はさっき沙奈が買い出しを断ってくれてちょっと助かっていたりする。
「そう?橘君が良ければ毎日でも作りに来るよ?」
なんであいつじゃなくて沙奈がうちに居候に来てくれなかったんだろう。
「本当か?ぜひ頼む」
「えへへ、なんか新婚さんみたいだね」
さっきからこいつの破壊力がやばい。
そんな会話をしているうちにソーメンがゆであがった。
「橘君、聞いてもいい?」
二人でソーメンを一緒に食べているとふいに沙奈が話しかけてきた、ちなみに俺は普通のめんつゆで沙奈はごまだれだ。この前思いつきで買ったはいいが、結局普通のめんつゆのほうが好きで余らせてしまっていたものである。まさかこんなところで役に立つとはね。
「どうした?」
「二人はどういう関係で何をしていたの?」
非常に答えにく質問である。どういう関係かと聞かれてもそもそもおれにはあいつが何なのかすらわかっていない。むしろ、あれはいったいどういうものかおれが聞きたいくらいだ。何をしていたかについても、小説を投稿していたなんてのは恥ずかしくて基本的に言えない。よっぽどうまいなら別だが、基本的にこういう趣味を誰かにいうのは勇気がいる。
「ちょっとな、相談に乗ってたんだ」
俺は自分の中でベストと思われる答えを言う。これならうかつに突っ込んでこれないはずだ、俺が相談したなら沙奈は私も相談を聞きたいと言ってくる可能性があるが逆なら本人の許可をとったほうがいいから俺に聞いてくるのは難しい。
「橘君の部屋で、わざわざ二人きりで?」
「ほら、あそこが一番涼しいからさ」
「リビングにもクーラーあるのに?」
まずい、別に浮気をしたわけでもないしそういう関係でもないしそもそも自分が作ったキャラなのに非常にまずい。沙奈の言ってることは最もだし、嘘をついているのはどう考えてもこっちなので罪悪感が出てくる。キャラ設定で、昔から主人公の事がすきだからちょっと重くなることがあるなんて安易に書いたせいだ。
「ほら、ここのクーラー効きが悪くてさ」
「もういいっ!」
そう言うと沙奈は椅子を倒してリビングを出ていってしまった。あわてて廊下にでると視界のすみに入ってくるのはトイレの扉。ドアノブの上の赤い色が、やーい女の子を泣かせたーと俺を責めてきているように見えた。