短髪無表情クール系少女ひびき と差別化
「ところでなんだけど、このサイトは最初に車にひき殺された後異世界にいく作品しか投稿しちゃいけないわけ?」
「別にひかれるのは車じゃなくても問題ねえだろ転生できるなら」
「そんなことは聞いてないわ」
「そもそも死ななくても問題ねえよ、ゲーム世界にだってとばされ放題だし」
「もう一度言うけど、そんなことは聞いてないのよ」
そういうのが人気なんだよ、みんな現実逃避したいんだろ。おれもいまなら原稿用紙20枚くらいで書ける気がするね。なんだかよくわからない女の子がいきなり出てきて自分の人生で一番繊細な部分をひっかきまわしていく、どMでもなきゃやってられないぜ。
そんな犬もくわない言いあいをしながら、今日も俺たちは作業を進めていく。
「そういうのが人気ってわかってるわりには書かないのね」
「ああ」
「なんでなの?」
なんだろう、別にそういうジャンルは嫌いではない。ばったばったを敵をなぎ倒して無双するところを夢想するだけでわくわくするしそれ特有の爽快感を味わえる。小難しい説明が並んでいないのもいいところだ、使っている武器も神話引用が多いからカッコいい名前が多い。そういえば、なぜ俺は転生ジャンルを書いていないんだろう。散文や詩、SFもどきの短編、そして今は書こうとしてもなかなか書けなかったラブコメを苦戦しながら書いている。考えてみれば読めはすれど書こうと思ったことがなかった。
「長編をまとめきる能力なんて皆無だからな、集中力も持続しないし」
やたらと踏み込んで質問をしてくるそいつに対して俺はこう返事をする。今日のこいつはいつもより一段とめんどくさい。
「そう言ってるわりには今ファンタジー書いてるじゃない。あ、こらっ!プロローグで異世界の設定をだらだら語るんじゃない」
そう、そうなのだ。今俺は昨日まで書いていたハーレムものを中断し新しい物語を作っている。キャラクターそのものを作れるようにはなってきたが、どうしてもキャラを複数人登場させてハーレムをうまく作れない。ハーレムがうまく回ってくれないのだ。それならばと、俺は息抜きにもなるし異世界ファンタジーバトルものに挑戦してみた。本題から目をそらしているかもしれないが書きはじめるとノリノリで筆が進んでしまっているので仕方ない。別にハーレムを書くのをやめたわけじゃないからついでにこいつにも付き合わせている。
「別にやる気があるのは悪くないけどそれでも世界観とか設定を冒頭で突っ込んじゃダメよ、小説はゲームの説明書じゃないんだから」
ルービックキューブをかしゃりかしゃりと回しながら手厳しい言葉を投げかけてくる。4つの大陸と7つの国から構成されている世界観を最初のページでつらつらと説明し次に大戦の歴史を記している最中だった。大陸の名前はそれぞれべスラー大陸、アグリヤ大陸、ヴァンデミア大陸、フリオス大陸。
「いいんだよ、こっちの方がわかりやすいんだし。だいたいおれはプロでもないワナビなんだから」
ワナビとは一般小説やライトノベルのプロ作家を一応目指している人の事だ。元ネタは英語の ワナビー、つまり『なりたい』から来ている。大概は、知ったかぶりやプロ気取りなどの意味を持ち自虐的に使われている。今の俺に設定をすべて作中に落とし込み使い切る実力はない。
「冗談で言ってるなら見逃すけど、その単語の裏の意味を自覚しながら使うべきじゃないわ。たとえ本当に今がそうだったとしても向き合う気概を持ちなさい。デビューするってそういうことよ。デビューどころか長編一本すら仕上げたことのないあんたにはまだ早いかもしれないけど」
体育会系のノリで精神論よろしく力説しはじめた。余計なお世話だ、やけに絡んでくるじゃないか。
「いい?まわりからどんなに何も言われなくてもそれでも自分はってそういう強い意思を持ちなさい。ちょっと聞いてるの?」
しゅっと風を切る音とともに頭にとがった衝撃が走る。床を見ればルービックキューブが転がってきておりどうやら返事をしない腹いせにあいつが飛ばしてきたらしい。顔をむけるとこれまで見たこともないような表情でこちらを睨みつけている。悲しそうで、悔しそうで、はらただしそうで、そして泣きそうな表情に見えた。
「ねぇ、なんで現実世界だと頑張れないのに転生したら頑張れるの?」
先ほどの話を蒸し返すかのように鋭い声色で聞いてくる。
「ねぇ、もっと丁寧に言ったほうがいい?現実世界で周りから認められなくてうまくいかなくてぼろ雑巾みたいに扱われてたのになんで転生したらうまくいくと思うの?友達が少なくてモテなくて社会的ヒエラルキーも低くて頑張らなきゃいけないことから逃げてるのになんで世界を渡ったらそれが全部チャラになるの?だいたいそれでうまくいくくらいの性格してたら元からいた世界でやったいけたはずよ」
今のこいつの言葉に返事をしたくない。今はこいつの声を聞いてられない。
「ねえ、人の話聞いてるの?そもそも異世界なんて現実世界よりタフさが必要なはずよ、魔法的何かがあったところで文明水準が低いんだから。大気濃度だって構成成分だって変わってくるし有害物質がどのくらいあるのかだってわからない。異世界の食べ物がちゃんと消化されるかだってわからない。文明の利器が飛び交ってた社会ですらドロップアウトした人間がそんな社会でってねえちょっと!」
彼女と同じ空間にいるのは耐えられなかった。部屋のドアを開け階段を下っていく。
普段なら左から右にしかいかないはずの彼女の言葉が何故か今日はずっしりとのしかかっていた。