二
「ブルーシートがかかっていたら余計に気になりますよ」
大津警部は笑いながら、それが慧君の性格だったなと言った。
私と大津警部が話していると滝原が話しに割り込んできた。
「えーっと、すいませんが慧先輩。こちらの方は誰ですか? 今の話しの流れで、拓哉先輩のおじさんだということはわかりましたが……」
「あーそいういや滝原たちは知らないんだな。この人は俺の母親の弟。叔父さんは現役の警部。ガキの頃から慧と志乃、連れて、叔父さんの家に遊びに行ったからその頃から知り合い」
拓哉が大津警部を紹介すると滝原をはじめとする部員全員が驚きの声を上げた。
「おじさん、ここにいるのはミステリーが好きな人間がいるミステリー研究部、略してミス研。慧はここの部長」
「丁度、よかったです。大津警部に尋ねたいことがあります」
「なにかな?」
「理科室の中がどうなっているか知りたいです」
「慧君ならそう言うだろうと思ったよ。ワシは悩んだ。ワシの首が飛ぶ覚悟で、慧君に見せるかどうかと……。ワシの本音は以前、何度か、事件解決の助言を慧君にもらっているから状況を知ってもらっていたほうが後々いいとね」
やっと理科室がブルーシートで隠された理由がわかる。私は嬉しくてしょうがなかった。
「よかったな、慧。俺はそろそろ部活に戻る」
拓哉は部活に戻った。部活は特に今やることがないから今日は帰っても問題はないと思う。ミス研の活動は毎日最低一時間やっておけば顧問に文句は言われない。文化祭の準備は九月からだから気にすることはない。
「滝原は強制。ほかは自由。帰るなら今のうち」
落ち込む滝原に他の部員たちは哀れみの視線を向けていた。その中の一人が私に近づいてきた。
「日向井、俺も行く」
そう言ったのは私と拓哉の中学からの友達で普通科三年の麻井亮君。
「ほかのみんな帰るんだね。なら決まり、大津警部、私と滝原と麻井君の三人」
後のことは三ツ井君に頼んで、理科室へ向かった。
理科室の入り口には警官が二人立っていた。大津警部は二人の警官に事情を話し、私たち三人は理科室へ入らせてもらった。
理科室に入るとき大津警部は異臭がするから無理しないようにと言ってくれた。
確かに少し異臭がする。私はスカートのポケットに入れていたタオルハンカチで口元を覆った。室内を見ると人体模型が扉の近くにある。本来、人体模型が置かれている場所には死体があったのだろうか、白い線で人型が印されていた。人型の周囲の床には血痕が飛び散っている。流石の私も驚いた。後ろにいる二人を見ると、滝原がいなかった。
麻井君に滝原を呼びに行ってもらい、その間、私はその場を荒らさないように見ていた。
「昨夜、ここで、殺人事件が起きていた」
「一体誰がこんなことを……。学校側はなんと言っているんですか?」
「生徒の気持ちを考えると大会に出場させたいが、流石にそうもいかないと夏の大会は全部活、出場を辞退すると校長先生は言っていたよ」
入り口を見ると怯えた顔をした滝原が麻井君と一緒に戻ってきた。
「慧先輩……。僕、これは無理です……」
「私だって嫌だよ。麻井君、悪いけど、滝原の代わりにメモを頼まれてくれない?」
麻井君はカバンから手帳とボールペンを出した。私は大津警部にいくつか質問をした。
「被害者はこの学校の生徒、二年D組の田中笙」
「え? ホッケー部の田中君?」
「知っているのか?」
「そりゃー知ってます。この前、部活の壮行会があって、夏休み中にあるホッケーの大会にレギュラーで出場するってこの学校の生徒だったら、名前ぐらい知っていると思いますよ?」
「俺たちと同じミス研の比奈田がそいつと同じクラスで、さっきまで話してたんです」
「そういうことか……」
「死因はなんですか?」
「死因は出血死だ。鑑識の話しだと、臓器を一突きだ。詳しいことは今、司法解剖にまわしているからなんとも言えんな」
私は麻井君のメモを確認して、理科室内のいたるところを見ていた。
「大津警部、人体模型は発見当時からここに置いてあったんですか?」
「あぁ、そうだ。本来なら、死体が置かれていた場所に置いてあるらしい」
理科室で授業を行うことが少ないので、私は正確な人体模型の位置は知らない。『人体模型が移動されている』私は何か思い出せそうで、なかなか思い出せなかった。今は人体模型のことは後にして、死体周辺をくまなく調べた。死体周辺は血痕がかなり飛び散っているとさっき見たときは思った。だけど、全体をよく見ると、壁に不自然な途切れ方をした血痕がある。
「大津警部、ここってどうなっていました?」
「あぁ、この辺りまでルミノール反応があった」
示す場所は窓枠付近。
「普通、ここが犯行現場なら、証拠隠滅するものとしたらだいたい凶器が多いですよね」
言ったのは私の後ろでメモを取っていた麻井君じゃなく、廊下で待っていたはずの滝原。
「あれ、もういいの?」
「本物の殺人現場は見るのは嫌ですけど、一日でも早く、犯人逮捕に繋がる手がかりがあるというのなら僕も手伝います」
さっき、大津警部から無理をしなくていいと言われたばかり。私は麻井君に鉄拳を滝原に使っていい? と聞いた。麻井君は呆れ顔でいや、さすがにそれはまずいだろうと言われた。
「あ、大津警部、ひとつ聞き忘れていました」
「凶器だろう。これだ」
大津警部から渡されたのはチェーンソーの写真。刃全体にはところどころ血がついている。
「鑑定の結果、田中君の血痕だ。そのチェーンソーは小型のもので、学校の備品でもなんでもない。私物の線で今、持ち主を捜している。チェーンソーには誰の指紋も残っていなかったから犯人を捜すのは一苦労するだろうな」
「ということは……田中君はこのチェーンソーでお腹あたりを一突きされて、ショック死してしまったってことですか?」
「そういうことだ。ワシらが通報を受けて来たときは心が痛んだ。部活の大会出場を夢見ていた少年が何者かの手によって悲しい最後を迎えてしまったのはつらい。」
「……最後にもうひとつ。このこと知っているのは私たち三人以外にいますか?」
「拓哉も知っているが、大会のこともあったからね。結局、大会は諦めることになったが……」
それから一時間ほどして、だいたいわかった。そろそろ部活が終わる時間なので、私たちは理科室から出た。帰り際、大津警部から今回のことは他言無用と言われた。
そのうち、学校側からちゃんとした話しが聞けるからいいとして、私たちは約束を守りますと言って、自宅へ帰った。
その晩、私は麻井君が書いたメモを貰い、自室で読み直していた。
「やっぱりチェーンソーか……」
私は証拠写真を思い出した。誰かが階段を駈けあがる音が聞こえた。すぐに私の自室の扉が開き、志乃が入ってきた。
「お姉ちゃん! さっき滝原先輩から聞いたよ」
あいつ……また誰かに話して……。
「なんのこと?」
「とぼけても無駄! 大津警部が入れてくれたって聞いた。お母さんが知ったら起こられるよ」
「大丈夫、ばれなきゃ問題ないよ」
「なに見てるの?」
「志乃は見ないほうがいいよ」
私はメモをかばんの中に片付けた。
「見せてよ!」
「大津警部に他言無用って言われてる」
「さっき大津警部に事情聞いたから問題ない!」
私はため息をついた。大津警部が志乃に事情を話したというのなら問題はないけど、姉としては妹を巻き込みたくない。言わないとまた母さんに小言を言われる……。私は諦めて、志乃に今日見たことを話した。
私はこのとき学校で起きた殺人事件がまだ続くなんて思いもしなかった。
*
事件が起きてから一週間後の朝、私はいつもと同じ時間に志乃に叩き起こされた。
「眠い……」
「お姉ちゃん、起きるのが遅いからだよ」




