紛糾
次次回あたりから戦闘に入りたい…
2202年 9月2日 (木) GMT 15:30
地球 国連本部 第3会議室
スチュアート大統領
「先ほどのクライスラル帝国よりの要求についてですが、国連としては決して呑むことのできない要求だと考えます。皆さんも異議はありませんね?」
会議室をぐるりと見回す。全員が首を縦に振り肯定しているようだ。
「無論この様な横暴は認められません。しかしこのままですと確実に戦争になりますぞ。相手の情報が何もない現状どうしたものか……」
東アジア代表の荻原が神妙な顔で呟く。そこにすかさず反論したのがヨーロッパ代表のニコラスだった。
「そんな弱腰でどうします!歴史的にも類を見ない侮辱ですぞ?あれは明らかなる敵対意思の表示だ!」
「それはわかっとる。しかし相手が恒星間航行を可能とする技術を持ってる以上迂闊に手出しができんと言っとるのだ」
この2人が口論になるのはある程度予想はできていたが、初っ端からこの調子だと気が重い。
「私も東アジア代表に賛成です。例えば物資の補給や代替惑星系が見つかるまでの滞在を許可するなどは?」
オセアニア代表は荻原に賛同するが、それに対しアフリカ代表が口を挟む。
「それでいつまでも居座られたら誰が責任を取るのです?その甘さに便乗して侵略しようとする可能性もありますぞ!」
この調子では後20時間程でまとまるはずがない。とりあえずは現状どの意見が多いか把握する必要もある。
「一旦落ち着いてください。ひとまず現状での立場をはっきりしてもらいます。拒否の方は起立、受け入れの意見は除外するとして、何らかの代案を示す派の方は座ったままでお願いします。では」
各州代表者の起立はヨーロッパ、アフリカ、北米、西アジアで着席が東アジア、オセアニア、南アメリカだった。大臣の方は偶数人数なのもありちょうど半々である。
「私としましてもこのまま開戦に踏み切るには情報が不足しすぎていると思います」
一応私の意見も挟むが殆ど意味がないのは理解している。とにかく情報が足りないのだ。
「情報収集の方はどうなっているのですか?」
代案提示派の南アメリカ代表が疑問を投げかける。
「それにつきましては現在外惑星艦隊に所属する探査船が行っております。しかし不用意に接近することができないため遠距離からの調査になりますので正確さは欠けてしまうと思われます」
安全保障大臣が答える。ちなみに各州代表者以外にも国連の各省トップも揃っており、必要に応じて意見を述べるようになっている。
「そうなりますと、やはり慎重にならざるを得ませんと思いますが」
「あの様な相手には毅然とした態度で当たらないと舐められてしまいますぞ」
ここまで来たらもはや水掛け論である。これでは埒があかない。
「皆さん落ち着いて下さい。情報不足の中でのこれ以上の議論は無意味であり水掛け論でしかありません。一度閉会とします。情報が整い次第、遅くとも標準時刻21時には再開したいと思います」
仕方がない、といった感じで各々が席を立つ。私も一旦外に出て散歩でもしようかとした時、情報大臣と内務大臣が話しかけてきた。
「大統領、早急にお耳に入れたい案件が」
「なんだね?」
大臣達の目つきから察するに何やら緊急の用事のようだ。
「先ほど情報省の方でクライスラル帝国の通告に関する情報が民間にリークされている事を確認しました」
「なんだって!?いったい誰が?」
「それがどうやら民間の通信会社が偶然傍受したらしいのです。すでにネット上に広まってしまっていますので拡大を抑えるのは困難かと」
なんということだ。この状況で一番まずいのが市民の間で不安が広がることだ。外敵の来襲に際し内部がまとまっていなければ勝てる戦にも勝てない。
「市民や財界の反応はどうなっている?」
今度は情報大臣に代わり内務大臣が答える。
「現在はほんの一部でしか広まっておりませんがマスコミに嗅ぎ付けられるのも時間の問題です。その後はもう……。
最後は言葉を濁す。やはりな。
「その前に先手を打つべきか?あの要求を公開して内部一致を図るのはどうだ?」
「その前に情報秘匿をしていた政府に批判が来る可能性もありますが……。リークされてしまった以上、それがベターでしょう」
「では次の会議が終わり次第、記者会見を行う。それまでは速報として概要だけの発表に止めてくれ」
「わかりました。では私は対策のため一度本省に戻ります 」
「よろしく頼む」
「では私も」
そう言うと2人は廊下の奥へと歩いて行った。外で一服しようと足を運ぶが、その途中で統合情報局顧問のハイドム・オルトから声がかかった。どうやら話があるようである。まあ、元々こちらから話しかけるつもりであったし、都合が良い。
「オルト君、何かあったのかね?」
わざとカマをかけてみる。オルトはここでは防諜に難があるのでと言い、特別捜査室まで来るように言った。最高クラスの警備体制を敷いているここですら防諜に難があるという事は十中八九、例の件についてだろう。ちなみに統合情報局顧問と言うのは表の顔であり、オルト本来の役職は統合情報局第9課課長である。
地下通路を伝い大統領府へ着くと、さらに地下深くにある部屋へと向かう。そして何度も指紋、声帯、簡易DNA検査などの本人確認を行い、やっとの事で入室する事ができた。そして部屋の施錠がされたのを確認したオルトが一気に話し始める。
「大統領、例の計画を発動する時が来ました。我々、統合情報局第9課の、180年にも渡る成果が、ついに実る時がきました!」
心なしかオルトの声が震えている。そうであろう。今まで日陰者として、何代もの間、地道に研究を続けてきたのだ。その成果をついに表に出せるとなると、感極まるのも無理はない。
そもそも統合情報局第9課とは何か。それは遡ること184年前、人類が初めて地球外生命体と接触したことより極秘裏に結成された秘密組織である。その任務は将来きたるべき異星人との接触へ向けた各種計画の策定や各方面への水面下での工作である。
当初は2018年の初接触時に現場にいたG8参加国が各国の機密予算を流用して運用されていたが、国際連邦が成立したことにより管轄を大統領直轄に移動、さらなる活動が行われている。この組織を知っているのは、当事者を除けば歴代G8の首相や大統領、主要大臣並びに歴代国連大統領のみである。現在では各行政管区代表や国連管轄省庁の大臣ですら知らされていない。具体的な活動内容に至っては当事者のみが知っていると言うの超々極秘組織なのである。その研究結果は随時必要と判断された時のみ上層部に報告され、時の政策に反映される。ちなみに半ば統一国家となった地球に置いて、国際連邦成立前以上の軍備が保たれている現場にも、この組織が一枚噛んでいる。
「それで、例の計画とは一体何かね?」
「はい、口頭で説明するには資料が膨大となるため、映像とともにお知らせします。
そう言うとオルトは様々な資料を用意し始める。その説明は概要だけでも数時間に及び、私の頭はパンク寸前である。それ程伝えられた情報は重大かつ強烈だったのだ。そしてこの情報は今後の地球の進むべき道を大きく変えていくであろう。
オルトから説明を受けた私は心の整理も兼ねて今度こそ一服しようと外へ向かう。
国連本部の庭では世界中から集められた各種の木々が真夏の光を受けて青々と茂っていた。
「やっぱり自然が一番だな…」
などと感慨にふけってみる。しかし真面目な話、宇宙に進出して241年。銀河系を中心に様々な探査が行われているが地球の様な青い惑星は未だに殆ど見つかっていない。そう考えると奇跡の星と言われるのも納得がいく。
「守らないとな…この美しい地球を…」
蒼く澄んだ空を眺めながら改めてそう誓うのであった。