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膠着

今回は説明回となります。

西暦2203年 5月。ラーシルク教徒の一斉蜂起もようやく収束の兆しが見え始め、世界各地では先の反乱を受けてようやく戦時中という空気が芽生え始めていた。今までは遠い宇宙での出来事と楽観視していた市民の中には地下都市へと自主避難する者やコロニーから地球へと移住を進める者も出始めている一方で、ラーシルク教の武力蜂起にこそ同調しないものの、依然として人道、平和を訴える民衆や団体もあり、世論も一枚岩とは言えない雰囲気である。一方、宇宙軍を主体として現場にいる者は半年という束の間の休息を享受していた。何故ならば、この間の約半年は地球とクライスラル帝国の間では互いに主力を温存し、奇妙なにらみ合いが続いていたからだ。


土星軌道で内外惑星合同艦隊の奇襲を受けたク軍主力艦隊はその傷を癒すことに全力を注ぐ一方、国連宇宙軍においても艦隊の再編が進められていた。特に本星防衛艦隊がラーシルク教徒の反乱により半壊したことにより、本星警戒のため内惑星艦隊から一部戦力を抽出せねばならなかった事が大きな要因である。また初戦で思わぬ被害を被った外惑星艦隊も、第2、3艦隊、第4、5艦隊がそれぞれ統合され、平時の5個艦隊からより打撃力を高めた3個艦隊へと整理されている。その一方、内惑星艦隊では新たな艦隊が編成されていた。その名も第一航宙艦隊、いわゆる空母打撃群である。


宇宙空間における空母の有用性については国連軍内部でも推進派と懐疑派に分かれており、現在の就役数も4隻と主力の戦艦や巡洋艦に比べると大きく見劣りするものだった。さらにこの4隻の配備先は統合作戦本部直轄部隊などと大層な名前ではあったが、その実態は実験艦や訳ありで1隻しか建造されなかった船の寄せ集め艦隊である。当然ながら最前線である木星方面へは回されず、もっぱら地球周辺での訓練や警備を行っているのみであった。しかし先の反乱事件の際、月基地所属のドローンコマンドが思わぬ奮戦をした事から航空機を扱う空母の評価は一転、めでたく前線への配備が決定する運びとなった。4隻の空母はそれぞれアメリカ(北米州)建造の「エンタープライズ」、日本(東アジア州)の「ほうしょう」イギリス(ヨーロッパ州)の「フューリアス」そして史上初の航宙母艦として共同建造された「アイテール」である。


「アイテール」は人類史上初の航宙母艦(略称は宙母、となるはずだが馴染みにくいとの事で便宜上、空母と呼ばれている)であり、就役は2173年。宇宙技術本部艦艇部が主導して建造した艦であり、実験艦的要素を多分に含んでいる。また、単艦である程度の任務をこなせるよう、巡洋艦並みの武装も施されているのも特徴である。


さらにその10年後、「アイテール」の建造により発覚した各種問題点を解決した第二世代型空母3隻が就役する。これらは艦載機運用や個艦防御において不足のない性能を示したものの、その後は戦術的有用性が不確かな空母よりも戦闘艦、支援艦の建造が優先され空母の建造は滞ることとなる。そのため、現在起工されている空母は北米州、東アジア州、南アジア州、ヨーロッパ州でそれぞれ1隻づつ、合計4隻のみである。


そしてこれに搭載する艦載機は先の会戦で一躍有名となった無人攻撃機、SA-19を改良したSA-19N及び指揮戦闘機であるSA-23B、汎用機であるSUH-60Dの3機種である。指揮戦闘機と銘打たれているSA-23Bは久方ぶりの宇宙空間における有人戦闘機であり、1機につき無人攻撃機4機を統率する事ができる。やろうと思えば無人攻撃機の統率数をさらに増やすこともできるが、諸々の処理が追いつかず機動、回避力など諸々の性能が低下、ミサイルとあまり変わらない性能となってしまう為現在は有人機1機あたりにつき4機までとなっている。その統率される無人攻撃機には新たに開発された新型AIが搭載されており、このAIの完成があったからこそ先の海戦での戦果や機動部隊の創設が成ったと言っても過言ではない。


ちなみに「アイテール」の搭載機数はSA-23B10機、SA-19N40機、SUH-60D4機の計54機+予備機4機。第二世代型空母ではSA-23B20機、SA-19N80機、SUH-60D8機の計108機+予備機8機となっており、航宙艦隊全体では378機+予備機28機となる。


また航宙艦隊とは別にエウロパ基地へは航空隊の増強が行われており、壊滅した月面航空団の補充を後回しにしてでも、との意見を受けて生産する側から次々と送り込まれている。また航空団のみならず艦艇の補充も急がれていた。開戦前から行われていた予備役の徴集が8割方完了し、先の冥王星沖海戦での補充を行うとともに新造艦艇の慣熟訓練も並行して行われていた。初めから量産性を考慮して設計されていた各種軽巡洋艦や重巡洋艦は元より、各区で建造中であった戦艦も続々と就役を開始している。


北米州では改サウスダコタ級とも言うべきアイオワ級の1、2番艦が既に慣熟訓練を終えており、現在は内惑星艦隊へと配属されている。アイオワ級はサウスダコタ級と異なり、先の海戦の戦訓より実弾を放つ6インチ対艦砲が4門搭載されている。この対艦砲はいわゆる電磁投射砲(レールガン)の一種であり、衛星軌道にあるリニアキャノンの派生型だ。後付け設置のためスペースの確保が上手くいかず口径は小さいものとなってしまったが、エネルギー兵器への抗堪性は高いものの実弾への対策が為されていなかったクライスラル帝国艦艇へはそれなりの効果が期待されている。その他の地区でも建造は順調に進んでおり、東アジア州でも中華共和区において広東級戦艦の2番艦、「江西」が就役、ヨーロッパでもフランスのリシュリュー級、イタリアのヴィットリオ級が相次いで実戦配備されるなど損害分を凌駕する戦力が補充され始めている。日本においても「あまぎ」型巡洋戦艦の3、4番艦である「いぶき」、「くらま」が就役、第8艦隊へと配備されている。


この様に戦力の拡充や再編、整備を進める国連宇宙軍であったが、クライスラル帝国への監視の目を緩めた訳ではない。依然として冥王星軌道に位置する母船や敵冥王星基地に対しては無人機による偵察が幾度となく行われ、少なくない犠牲を払いつつも着実と成果を上げている。偵察駆逐艦「はたかぜ」による第7次偵察ではドローンの1機が冥王星への接近に成功、地上の構造物の詳細を記録している。また第13次偵察では軽巡洋艦「マイノーター」所属のドローンが冥王星にて居住区画と思しき施設を発見しており、クライスラル帝国が長期戦をも見据えていることが判明している。その一方でクライスラル帝国艦艇による偵察行動も多数確認されており、戦線縮小と共に放棄されたタイタン基地付近では小型艦同士の小競り合いも発生していた。


この様に互いに牽制行動を行いつつも戦力の整備に注力していた両国であったが、2203年5月21日、遂に動きが見られた。同日午前10時、海王星軌道にて監視を行っていた軽巡「シュパーブ」が敵の母船及び冥王星より多数の艦艇が発進するのを確認。その中には例の超大型艦も含まれており、文字通りクライスラル帝国軍の主力である事は間違いないと思われた。報告を受けた国連宇宙軍もすぐさまこれに対抗して主力艦隊を出すことを決定、火星基地やエウロパ基地で待機していた内外惑星統合艦隊全艦に出撃命令が下った。


今作戦の総司令官は内惑星方面司令のエドワルド大将であり、内外惑星統合艦隊の指揮は島崎中将が務める。今回の戦いでは土星こそ敵の針路と重ならないものの、エウロパが敵の針路上にあるためエウロパ基地の設備をフルに使用することができる。優先配備された航空隊はもとより基地固有の防衛装備、例えば先の小惑星迎撃で使用されたADM-3などの各種ミサイルやレーザー砲などだ。さらに地上設置型の高性能なレーダーやECM装置が使用できるのも大きなメリットである。工作艦や救命艇などの支援艦艇群も待機しており、戦闘へ向けたバックアップとしてはこれ以上ない豪勢なものとなった。


2203年6月4日、遂にクライスラル帝国艦隊は土星軌道を通過。この時点で観測された敵艦は超大型艦6隻、大型艦52隻、小型艦多数。それに対して国連宇宙軍は本星防衛艦隊を除く全戦力を結集させており、主力となる戦艦は34隻。さらに巡洋戦艦なども加えれば数百隻を超える規模の艦隊となる。艦艇数では国連宇宙軍がやや上回るものの、クライスラル帝国艦隊には地球上のどの戦艦をも上回る超大型艦が6隻もいるなど質の面では若干劣っているのが現状である。


そして6月15日、GMT19:30分。人類史上最大の規模である宇宙戦闘、後に木星沖海戦と呼ばれる戦が始まろうとしていた。





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