偵察
今回は少し長めです。
2202年 10月 28日 GMT 13:30
冥王星付近 駆逐艦しまかぜ
しまかぜ艦長 立石3佐
「艦長、予定宙域に到着しました」
「よし、偵察ドローン発射用意」
しまかぜ級は元来、高速突撃駆逐艦として設計・建造された為航空機運用能力は無かった。しかし高性能化を狙いすぎたため構造が複雑化、量産が困難になったりコストが高くついたりとデメリットが多かったため既に起工していた4隻で調達は打ち止め。その4隻も宇宙軍総司令部からの要請を受けて偵察駆逐艦へ艦種変更されている。従って艤装もそれに準じたものに変更されているのだ。後部にあった2門の宙魚雷発射管と5インチ連装砲が撤去されそこに各種レーダーやドローン搭載能力が付与されている。
「偵察ドローン、8機全機の発射完了。自律航行に移ります」
今回この艦に積んできたドローンはSRQ-4スペースホーク。2198年に配備されたばかりの新鋭機で従来のものより格段に性能が上がっている。ソフト面ではAIを中心に学習能力や自律機動能力が上がっており、ハード面ではステルス性が主に引き上げられている。もちろん、観測機器は最新のものを積んでいる。
「ドローンからの信号をキャッチ。転送始めます」
今回の偵察任務は、観測結果がリアルタイムで地球並びにエウロパの外惑星艦隊司令部に転送されている。従ってこの艦が偵察任務中にする事は現場での解析のみだ。もちろん逆探知されないよう様々な工夫が施されてある。
「とりあえず偵察ドローンが作戦宙域に入るまではすることナシ!第二級戦闘配備で待機するように」
「いくら隠れてるとは言えそんな適当な……。一応敵性宙域ですよ?」
副長兼船務長の穂積3尉が心配そうに声をかけてくる。穂積3尉は外惑星帯で行動する船には珍しい女性乗組員の1人だ。国連宇宙軍は放射線等の影響もあり外惑星艦隊に所属する船や長期間宇宙空間で活動する船への若い女性乗組員の搭乗を制限している。しかし『しまかぜ』は本来内惑星艦隊所属なので今回は特別に配置換えなしで作戦に入っている。
「まあそう言ってもだな……、実際に作戦宙域に向かうのはドローンだけだし敵が来れば先にドローンの警戒網に引っかかるだろう。第一、この船に積んであるレーダー機器は国連宇宙軍の最新機器だ。これを掻い潜られるなら先の海戦で負けとるさ」
「それはそうですけど……、緊張感が無さ過ぎるような……」
うーんと考え込む穂積3尉を尻目にドローンの観測結果に目を通す。今の所は新しい情報は無さそうだ。
「転送はちゃんと行われてるな?」
傍でデータをやり取りしていた情報士官に問う。そしてバッチリですとの答えを聞き安堵する。
それから暫くは変化もなくただただ待機しているだけであった。
「艦長、索敵α3のデータを見てください」
当直士官が報告してくる。どうやら何か発見があったみたいだ。
「どうした?」
「α3ですが、冥王星付近を通過中に冥王星地表にエネルギー反応を捉えました。国連軍の施設ではありません」
冥王星には国連宇宙軍によって無人の観測ステーションが建設されていたが先の冥王星沖海戦の後、付近をうろついていた敵艦に発見され破壊されてしまっている。従って冥王星地表にあるエネルギー反応はクライスラル帝国の物である可能性が非常に高い。
「艦橋より管制、α3の針路変更、その不明エネルギー反応の調査に向かわせろ」
「了解」
管制官が無線越しに返事をする。一瞬ののち、レーダー画面のα3のコースが変わった。もっとも、こちらからは最低限の、悪く言えば大雑把な指示でもドローン側が最適な行動を選択し実行してくれる。実に便利な時代だとつくづく思う。
「α3冥王星に接近、目標のデータ来ます」
「めぼしいデータを纏めてくれ。あのエネルギー反応は何だったんだ?」
十数秒の後、操作を行っていた士官から観測データが手元に転送されてくる。
「反応パターンが冥王星沖海戦時のクライスラル帝国のそれと96.7%の一致を確認。何らかの調査活動を行っているようです」
「冥王星を?めぼしい資源は無いだろうし……前線基地でも作るつもりか?」
冥王星は2100年頃から国連宇宙局や宇宙軍によって何度も無人、有人を問わず調査が行われているが人類にとって特に重要な資源は発見できず、あったとしても少量しか埋蔵されていなかったせいであまり開発は進んでいない。せいぜい観測ステーションが建設されたくらいだ。ひょっとしたらクライスラル帝国にとっては重要な資源があるのかもしれないが……。
「解析室、こちら艦橋。データ解析で何かわかるか?」
口元のマイクから解析室に問うと耳元にセットしてあるマイクロヘッドセットからすぐに返答が聞こえてきた。因みにこのヘッドセット、会話の初めに部署を言うだけでその部署の責任者もしくは当直員の中で一番位が高い者に自動で繋いでくれる便利な物だ。さらに新型の思念タイプの物もあるが、堅牢性を重視する軍の現場では未だに電気式の物が使われている。
「おそらく採掘……ボーリング調査みたいなものでしょうか。地面を掘っていると思われます。α3に気付いた様子はありません」
「ならば引き続き分析を続けてくれ。それから管制、α3には可視光で確認できる位置まで近づくように頼む」
「管制より艦橋、了解しました」
その数分後、待ち望んでいた可視光での映像が送信されてきた。
「なんだあれは?」
その映像には大小様々な船が映っていた。高い構造物を中央に備え掘削を行っているもの、多数のアームを伸ばし作業をしているもの、複数のドローンらしきものを従え低空を微速航行しているものなど多種多様だ。しかもその傍には建物らしき構造物もできかけている。
「やはり基地建設とその為の地質調査みたいなものですね。中央付近で着陸している船は地質調査船でしょう」
「で、その周りを飛んでるのが警備艇と?」
「おそらく。あれはまだ未確認の艦種ですね。データベースに上がってません」
「では分析が済み次第登録してくれ。調査船のデータもだ」
「了解です。α3はどうしますか?」
「そのまま監視を続行。何か変わった動きがあれば報告するように」
「わかりました。ではそのように」
管制や副長に一通り指示を終えると一息つく。α3以外の機体はまだ航行中で特に発見はない。
その一時間後、敵本体に接近していたドローンα4、α5より相次いで報告が入った。
「管制、何か発見があったか?」
管制室に問いかけるとすぐに返事が返ってきた。
「敵の母船から多数の小型船が出てきています。概算およそ40。さらに増えます!」
「艦種はなんだ!」
「冥王星沖海戦にも出現した小型艦がおよそ30、大型艦が10そして……!?大型艦よりさらに大きい船もいます!」
管制員の悲鳴に近い報告が聞こえてくる。
「さらにデカイだと……。すぐに詳しいデータを調べろ!」
「りょ、了解!」
数十秒後、最接近していたα5からのデータが送られてくる。
「全長450m……!?こんごう型の2倍以上ありますよ!」
副長が驚きの声を上げる。確かにこれほどの大きさの船は地球には無い。
「武装は?確認できるか?」
「少しお待ちください……、出ました。外部兵装で確認できるのが光学兵器と思われる3連装砲が前部上部と下部に2基ずつ、後部にはそれよりも少し小さめの砲塔が上下左右の各面に1基ずつ、計4基。ミサイル発射口らしきものは確認できません。それ以外にあるとしても……今の情報ですと残念ながらわかりません」
「砲口径はわかるか?」
「前部の物がおよそ40cmから44cm。後部の物が36cmから40cmです」
「そうなると実際の威力は50cmクラスか。厄介だな」
国連宇宙軍は先の海戦の結果からクライスラル帝国が装備する砲の威力は同口径の地球のものと比べて2割り増しと予想している。
「後方の母艦に動きはあるか?」
「変わらずです。冥王星から一定の距離を保ちつつ公転軌道に乗ってます」
「ふむ、艦隊で前哨戦でもするつもりか?α4、5はそのま監視を続行、α3も引き続き冥王星の監視。残りは周囲に迂回艦隊がいないかの索敵だ。明後日12:00に海王星軌道で回収する」
「了解です」
「それと副長、離脱時に冥王星の敵部隊に一貫性の攻撃をかけたいと思うがどうか?」
「奇襲ですか!確かにこの艦のステルス性と速度ならば可能かと」
副長が驚きの声を上げるがすぐに賛成する。他のスタッフも目を輝かせている。なんせこれまでは内惑星での待機や偵察、哨戒任務ばかりだった為皆色めき立っているのだ。
「よし、じゃあ作戦立案に入る。相手には警備艇程度しかいないが周囲には他の艦が潜んでいないとも限らん。基本は一撃離脱の奇襲とし地表スレスレを航行し接近。距離500で主砲一斉撃ち方、置き土産にミサイルをプレゼントする。何か意見は?」
「狙いは敵の調査船ですか?それとも警備艇?」
攻撃を任される砲雷長が訪ねてくる。確かに、二兎追うものは一兎も得ず、なんてなったらこまる。
「そうだな……、やはり狙いは調査船と工作艦に絞ろう。第一次ソロモン海戦を再現するわけにもいかんしな」
「ソロモン海戦?なんですかそれは?」
副長が首を傾げながら聞いてくる。
「大昔に第二次世界大戦ってのがあっただろ?その時のガダルカナル島と言う小島を巡っての海戦なんだが状況が似てるなと思ってな。日本の第八艦隊は狙いを上陸船団の護衛艦隊に絞って一撃離脱をかけたために輸送船団は無傷。結果として島を奪われた。ま、戦術的勝利は得たが戦略的に負けてしまったという訳だな」
「へぇ〜。では我々は戦略的勝利を取りに行きましょうか」
「よし決まった。作戦決行は15:40、それまでに冥王星に着陸して待機だ」
「了解」
「それから攻撃開始とともに艦隊司令部へ作戦内容を打電しておけ」
「了解しました」
『しまかぜ』はそれまで隠れていたら岩塊を離れ冥王星降下軌道に入る。たちまち冥王星の地表が迫ってくる。
「スラスター逆噴射、接地体勢に移行します」
船体下部からの軽い衝撃とともに減速が始まる。ステルス性を維持する為着陸脚はギリギリまで収納しておく。
「地表まで3000、…2000、…1500、…1000。着陸脚開け」
「着陸まで5秒…………3、2、1、着地します!」
足元からズドンという衝撃が来る。しかしすぐに船体は安定し着陸を終える。
「よし、引き続きα3との連絡を密に」
それから十数分。詳しい敵配置やそれぞれの艦が行っている作業の概要を記録していく。敵船団は20隻。大型の調査船を中心に半径5kmに渡ってなんらかの調査活動を行っているようだ。そしてその周囲には警備艇らしきものが8隻ほど確認されている。
「作戦開始時刻まで3分。微速航行で決行ポイントまで向かうぞ」
「了解、下部スラスター起動。前進微速」
少し下向きのGを感じるがそれもすぐに無くなり今度は後ろへのGを感じる。
「地形追随レーダー作動確認。NOE開始します」
宇宙にいる時とは比べ物にならないほどの遅い速度で航行をする。そして作戦開始時刻、敵船団より300km地点に到達した。
「敵さんはまだ気づいてないみたいです」
「各部署最終チェック」
数秒置いた後、次々に報告が来る。全部所とも準備万端なようだ。
「これより敵船団攻撃に移る。総員気合を入れていけ!」
「おうッ!!」
「航海長、最大戦速で突っきれ!」
「了解です!」
ドンッという加速と共にたちまち周りの景色が後ろへ飛び去っていく。
「敵性レーダー波探知!バレました!」
「構わん!ECM作動開始!」
これまでは位置がばれないように封印していたがこうなれば出し惜しみする理由がない。
「敵艦射程に入った!攻撃開始距離まで300!」
「全砲門撃ち方始め!」
しまかぜに装備されている2基の5インチ連装砲が唸りを上げる。青白い光線が敵艦へと命中、たちまち敵艦2隻が爆発炎上する。
「まだまだぁ!」
砲雷長が叫ぶと同時にもう一斉射。さらにもう2隻も爆発を起こす。爆発と同時に敵船団の中を突き抜ける。一瞬だけ敵艦が見えたが、それもすぐに見えなくなる。
「警備艇こちらへ向かってきます。概算6隻!」
レーダーを見ると左右から包囲するように接近している。どうやら逃げ道を塞ぐつもりだ。
「よーし逃げるぞ!ばら撒けるもんら何でもばら撒け。三十六計逃げるに如かずだ!」
たちまち艦体のあちこちからミサイルや宙魚雷、チャフ、アクティブデコイなどが発射される。チャフを収めた容器が爆発し冥王星に銀箔の雪が降る。その中をミサイルや宙魚雷が突っ走る。そして後方からは更に爆発の衝撃が伝わってきた。
「更に3隻に命中!無力化を確認」
「敵艦艦首に高エネルギー反応!」
「回避行動!右舷スラスター緊急噴射だ!」
スラスターが起動し針路を変えると同時に艦の直ぐ右を敵のレーザーが突き抜けていく。
「敵艦との距離離れます!1000、1100、1200、……」
速度計を見るとほぼ最高速の40.9Sノットを出している。対して相手は30Sノットそこそ。たちまち差が広がっていく。
「敵艦との距離3000を超えました。……敵艦反転、冥王星へ降下していきます」
「ふう、これでひとまず乗り切りましたね」
副長が安堵の顔で一息つく。他のスタッフも安堵のため息をつき勝利を喜んでいる。
「艦隊司令部に通信、『我敵工作艦5隻、警備艦2隻ヲ撃破ス。コレヨリ帰投スル』だ」
「了解、通信回路開きます。……艦隊司令部より返電。『此方デモ戦果ヲ確認。作戦成功ト認ム』。やりましたね!」
「おう。じゃあ、追いつかれる前にドローンを回収してとっととトンズラしようか」
「了解です」
その後、無事に海王星軌道にてドローンを回収、しまかぜはエウロパ基地へと帰還する。しかししまかぜの帰還と時を同じくして母船より発進していた敵艦隊が地球に向け侵攻を開始。内外惑星艦隊統合での迎撃部隊が編成される。
そして11月18日、敵艦隊は遂に天王星軌道を通過、地球艦隊との衝突は秒読み段階に入っていった。
第二次世界大戦が舞台の作品を書きたくなってきた今日この頃。年明け位に連載始めるかもしれません。(この作品も続けます)
詳しくは活動報告の方で。