007 握手(後編)
「……助かったんだ……。私たち。」
半ば放心状態、と言う表情をしながら、彼女はそう言う。
それに対して俺は横目でサイドミラーに映るソルトレークの街を眺めながら、
「……ああ、助かったんだ。」
と、答えた。
それから少しの間、俺たちは一言も喋らなかった。しかしその沈黙を打ち破る様にして、彼女は、
「そう言えばさ……名前……どうしようか?」
と聞いてきた。
「……え?名前?」
『覚えていない。』そう答えようとした俺に向かって、彼女は、
「……これから一緒に旅をするんだからさ、お互い名前で呼びあった方がいいでしょ?……だから新しい名前、決めない?」
そう言ったのだ。
──……あれ? 一緒に旅……?
そんな俺の中に浮かんだ疑問を掻き消すように、彼女は、
「ねえ?私の名前さ、何がいいと思う?」
と聞いてきた。
「……ロゼッタ。なんてどうだ?」
──ロゼッタ……その名前は、彼女の顔を見た瞬間に、何故か思い浮かんでいた。……何故かは、分からないが。
「ろ、ロゼッタ……。」
彼女は驚いた表情で、俺の顔を見つめる。
「……あ、気に入らなかったか?そ、それなら別の名前を……。」
俺がそう彼女に言うと、彼女は、
「……いいえ。ロゼッタがいい。」
と言って微笑んだ。
それから少し間があり、彼女は、
「……じゃあ、さ。私貴方の事……ジョンって、呼んでもいい?」
と聞いてきた。
──ジョン。
何故か懐かしい様な名前だな……。
そう心の中で呟きながら、
「ジョンか……。良いな。」
と言って笑った。
「良かった……。気に入って貰えて。」
そう言って彼女も笑顔になる。
──……俺は今ここで誓おうと想う。
例え、君以外のヒトが全て滅ぼうと、俺は君の事を最期まで護り抜く……誓うよ。神……いや、君に誓って……ね。
まあこんな台詞、恥ずかしくて言えやしないがな……。
彼女と生活する内に、彼女の事が好きになっていた。
ただ、この気持ちを伝える事は無いだろう。……俺は感染者、こんな異形なんかには……彼女──いや、ロゼッタは、釣り合わない。
……いつか、生存者達のグループが見つかれば、ロゼッタとは別れるつもりだ。
だが……例えそうなったとしても、ロゼッタが幸せになれるなら……それでいい。だがせめて、今だけは……今だけは、こうして彼女と共に居られる幸せを、噛み締めていたい。
「……ねえ? ジョン? 」
……ふと、ロゼッタが俺に声をかけてきた。俺は、
「どうしたんだ? 」
と聞く、するとロゼッタは笑顔で、
「……改めてだけど、これから宜しくね? ジョン。」
と言った。そしてそれに対して俺は彼女に手を差し出し、
「こちらこそ宜しく。ロゼッタ……さん? 」
と言うと、彼女は少し笑い、
「呼び捨てでいいわよ? ジョン。」
と言って、俺の手を握った。
──……記憶に残る限りでは、俺は他人と初めて握手をした筈だ。しかしその初めて握った彼女の手の暖かさやその細さは……何故か、初めてじゃ無い気がした。
Brute's man side.A FIN
最終話、です!!!