第6話 神様の葛藤。
風が吹く。先ほどまでの優しい風などではなく、荒々しいそして騒いでいるような風。
まるで生きているかのようなその風は、確実に、絶対に風神様の扇によるものである。ここからじゃ見えないがどこかの空で風神様が扇を振り回しているんだろう。
しかし一体なんで?
「東奥女神、嫌な予感がするんですが」
「えぇ、奇遇ね。私もよ」
2人して空を見る。
そこには風が唯一吹かない無風空間があった。そしてまたその無風空間から風が巻き起こっている。すなわち、あそこに風神様がいるのだろう。
僕と東奥女神は空へと行く。そもそも神という概念的な存在なので空を飛ぶという感じでもないのだが、それでも僕らは飛んでいた。空を歩いていた。
無風空間に近づくにつれ、風が強くなる。
しばらくすると目の前に風神様の姿が見えた。そしてもう1つ。風神様の肩にちょこんと乗っかっている小さな神様も。
「三月見神・・・」
僕は思わずその名を呟いていた。
「あ、北稲荷神と東奥女神だー!やっほー」
「やっほーじゃないですよ!なんなんですかこれ!というか風神様・・・?」
風神様の顔を見ると真っ赤になりながらも大声で笑っていた。
これは・・・。
「三月見神、あんた風神様にお酒飲ませたわね!」
風神様に限らず神様へのお供えものとしてお酒は案外メジャーなものである。だからというわけではないのだが、僕ら神様はお酒に強い。
しかし今回の、今の風神様はどうやらお酒に弱いようで、お酒を飲んで気分が高揚するとその気分をぶちまけるために舞いを踊り始めるのだ。
今回が初めてなどではなく、今までにも何回か風神様はこういう感じになったことがある。だから対処法も分からないでもない。ただ・・・自分で酔うのではなく、他人に酔わせられたというのは初めての経験であった。三月見神、相変わらず怖いもの知らずである。
「いやあ、だってこれお祭りでしょ。風のお祭り。最近なーんか暗い空気漂ってたし、それに三月たちも久々に会えたことだし、そのパーティーってことで」
「ことでって・・・こうなった風神様を止める方法なんて放置しかないんですよ!」
対処法、それは諦めることである。
酔いが醒めるまでひたすら待たなければならない。それまで天気は大荒れだ。今回は雷神様がいないので雨や雷はないが、風が強い。何もかもが吹き飛ばされてしまいそうだ。
「というか、このままだとこのあたりの神様たちが集結しちゃいますよ!そうなったら怒られるのはあなたです、三月見神!」
「ならば全ての神を巻き込むまで!!楽しいことは正しいことなのだ!」
と三月見神は叫ぶ。
そのセリフを言い終えると、三月見神はにやりと笑った。
今のセリフは師匠のものだ。師匠が酔っぱらった時によく言うセリフでまわりの神様はそれをなだめていたりしたものだ。
「って先代北稲荷神だったら言うんじゃないかな」
「そもそも先代もそれを言うときは酔っ払っててまともではないんですけど・・・」
と言ってもまるで止める気はないらしい。
本当にこのまま祭りに突入するつもりだ。
風神様の風はすさまじいことで、実体のない僕たちにも影響がある。さすが神様百人分と言われた力。ここにいる僕と東奥女神では止めることはできないだろう。
「何事だ!」
そこへ声が。
「南千枝神」
「何事だ、また北稲荷神、お前の仕業か」
なぜ真っ先に疑われるかというと、以前風神様を酔っぱらわせたのは僕だからである。今は1つの神社の神なので変なことはできないのだが、以前は本当に色々なことをした。
「僕ではありません。三月見神です」
「む?」
南千枝神は風神様の方を向く。その唯一の無風空間である風神様にはりついている小さな神様。
それを見つけると南千枝神は一歩前へ出て、
「三月見神。いますぐこれをやめさせろ」
「こうなったらもう止まる方法がないってことぐらい分かっているでしょうに。南千枝神もささ、一緒に盛り上がりましょう」
三月見神はそう笑うと、手を大きく広げる。
「三月の神社の由来は、大昔疲れた旅人が三月見神社にたどり着き、上を見ると綺麗で大きな月が3つ浮かんでいたと言ったことからできたものなんだよ。疲れてたからぼやけて見えた説が有効なんだけどね」
ぽぅ、とあたり一面が光出す。
いくつかの小さな明かりがいっぱい浮かびだした。
まるで小さな月がたくさん浮かんでいるように、お祭りの提灯のように光出す。
「これは・・・三月見神の・・・」
「お祭りの準備が整ってきたね。三月が提灯役、風神様は舞い。あと足りないものはお酒と・・・明かりだね。この提灯じゃ少し暗いや」
しゅぼっ、次の瞬間、月が綺麗にさらに光出した。先ほどとは比べ物にならないぐらい明るい。ほんとうにそのまま提灯のようである。
よく見てみると、月に炎がついていた。燃えているのだ。
「これで明かりは足りると思うんだがなあ」
「烽火神!」
「烽火神、あなたまで・・・!」
「お祭りなのだろう?だったら参加するべきではないのかね」
そう言うと風神様の方へ行ってしまった。
気が付けば、烽火神だけではない。自らのお供えものらしきお酒を持った神様が次々と集まっていく。
「これは止められませんね・・・」
風神様だけならまだしも、こうやってみんなが参加してしまえば規模的に止めることはできないだろう。というか、みんなもお祭りしたかったということなのだろうか。
「これじゃ三月見神を怒る神もいなさそうですね」
「ぐ・・・見習いや弟子ならまだしも神社の神ともあろう方々がこんな時間にしかも風神様を使ってお祭りとは・・・北稲荷神、お前のだらしなさがうつったのではないのか?」
「僕はそれでもいいのですけれど、僕程度の神が他の神に影響を与えるとお考えですか?だとするとそれはそれでとても無礼なような気もしますけれど」
「・・・・・」
南千枝神は黙って空を見た。
そして、
「つまらない」
とつぶやいたのだった。
そのセリフの通り僕はつまらない神であり、そうでなかったことなどなかったはずなのだが。考えられるとすれば昔、昔のことだろうか。
上下関係を気にせずに触れあえた昔のこと。
「・・・・・にしてもどうします、東奥女神」
「こうなったら私たちでは止められないわ。風神様だけでも放っておくしか手段がないというのに、まわりまでこれじゃあね」
しょうがない。僕は首を振りつつ、自分の神社に戻ろうとするとなぜか腕を掴まれた。
「どこいくの」
「どこって帰るんですが・・・」
「お祭りだって言っているでしょう、行くわよ」
「ちょ・・・」
みんなが騒ぎ、踊り、飲んでいる場所へと強制的に連れて行かれる。気付けば信じられないほどたくさんの神様が集まっているようだ。
これもまた神様のご近所付き合いのうちの1つなのだろう。
みんなとても楽しそうに騒いでいる。僕が最近自分の神社を出なかっただけで、今でも神社界というか神の世界は盛り上がっているようだった。
それは何よりであるわけだが、僕はそんなものに付き合っている暇なんてない。むしろ考えなければならないことがたくさんあるというのに。
しかし踊ってしまうのだろう。飲んでしまうのだろう。神の力よりも大きくでかいものとは雰囲気の力なのである。僕がどうしたいと思ってもそれは雰囲気に流されてできた行動であり、僕が考えた行動ではない。しょうがない。これこそ、まさにしょうがないのである。
〇
ある朝、僕はとてつもなく変な感覚で目が覚める。
この感覚は感じたことがないもので何ものにも例えることのできない感覚。
「なんだ・・・」
一瞬、昨日飲み過ぎて騒ぎすぎたからそれが後を引いているのかと思ったが前回騒いだ時はこんな感じがしなかった。なんというか力が溢れてくるのである。
祈りたい。僕はそう思っていた。
知らず知らずのうちに手を合わせ、そして口に出していた。
「お母さんの病気がよくなりますように」
そうつぶやいた瞬間、体に溢れていた力が少し減り、その力が天に昇っていくような感覚。いつもよりも体の調子がよく、なんだか・・・元気が出ている。
「これは・・・誰かが願い事をした・・・?」
僕はすぐさま自分の神社に目を向けるとそこには小さな女の子が不安そうな顔をして手を合わせていた。僕が口に出したのは彼女の願いだったのか。
まったく人が来ないので忘れかけていたが、願いごとをされると神様はそれが叶いますようにと祈るのであった。何に祈るかは分からないけれど、いつもそうしているのだとか。
なんとなく力がみなぎっていたのも願いのせいだろう。人がいてたくさん願い事がある神社はそれだけ力が強いのである。
「お母さんの病気・・・」
僕には親というものがいないので、よくわからないのではあるが、彼女の顔を見る限りあまりいいことのようではなさそうだ。だからそれを治してほしいということなのだろう。
しかしこのさびれた神社では力もなにもあったものじゃない。はやく力を得て、あの子を幸せにしないといけない・・・・・と考えたのではあるが、
「あれ・・・」
ふと気づくことがあった。
もしこのまま北稲荷神社が潰れたらあの子の願いも一緒に消えてしまうのではないだろうか。
「・・・・・・」
そ、それは・・・本末転倒なのでは・・・。
いや、しかし神の力には限りがある。叶えられる願いにも限りがあるのだ。すなわち叶えられない願いというのもある。みんなはこれを言っていたのだ。これが平等ではない、と。だから神は神の力を使えない、と。
ならば多くの人を幸せにするためにあの子を犠牲にするしかない。
「・・・・・・・」
これもまたしょうがない、だ。
少し時間があきましたが、次はもう少しはやく投稿できればいいなと思っています。
しかしもうそろそろ終わりそうなんですけれどね。
ではまた次回。




