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神様のご近所付き合い。  作者: 花澤文化
近所の神社の神様達。
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第5話 神様の悩み。

 生きているということはどういうことなのだろうか。

 人間には死という概念がある。それは僕が、僕たち神が知っている。神社に長くいるとそれなりのことには出会うのだ。病気を治してくれるよう頼んだり、人に不幸が訪れるよう祈ったり、まさに願いの百面相。人間とは面白いものなのだ。

 限りある生の中で全力で生きて、生ききってその先にあるものが死。それでも負けずに人間は生き続ける。

 僕ら神には生という概念がない。そもそも死という概念もないのだから生きているという概念も必要ないのだ。神は消える。死ぬのではなく消える。神隠し、まさかの自身を神隠し。それが人間でいう死という概念に近いものなのだろう。

 だが、僕ら神にない死ではあるのだが、神社には死という概念がある。死んだ神社とは神がいない、廃れた神社のことだ。それに人間は気付かず、なんてことないかのように普通に過ぎていく。ただ、僕らは違う。僕らはそれに気付く。嫌な予感と表現したわけではあるのだが、まさにその通りで寒気というかおぞましさを感じるのである。

 廃墟ほど直接的な不気味ではないのに、不気味さでいえば、死んだ神社の方が上なのである。

 僕はそれを感じ取り、逃げたのだろう。自分で自分の神社を廃れさせることを避けて、廃れさせなければならないような状況に追い込もうとしている。

 弟子が入らなければ、僕が何をしようが神社は死ぬ、人が来なければ僕が何をしようが神社は死ぬ。だから僕のせいではない、とそう考えるしかないのだ。

 神社を復興させよう、という気が起きないのは自分の夢を叶え、自分のプライドを守るため。こんなところにいては人間を幸せにすることも、みんなの意見も聞けやしない。

 弟子が来ることも、人が来ることも絶望的ならば、僕がここから離れるには神社が死ぬ他ないのである。そのほかの解決方法なんかないのである。

「何をそう、悲しそうな顔をしているのだ」

 僕の思考を遮ったのは烽火神の声。

「烽火神、おはようございます」

「おはよう、北稲荷神。ところで何をそんなに悲しんでいるのか、もしよければ私に教えてくれないだろうか。力になれるわけではないかもしれないのだが」

「悲しんでなどいません」

「ではなぜそのように落ち込んでいるのか」

「落ち込んでなどいません」

「ではもしかして嫌になったのではないかな、全てのものが」

「そういうわけでもございません。僕は見てきたのです、死んだ神社を」

「おや」

 烽火神はどうやら驚いたようであった。

「ふむ、とうとう見てしまったのか。やはり隠し通すことは無理だったようだなあ」

「師匠、ですか」

「先代北稲荷神は君に死んだ神社を見せないようにしていた。私にもそのことを言うなと何回も念を押されたよ」

「それはやはり僕の意見を真っ向から崩しにかかるためですか。師匠のやりそうなことです」

「いや」

 しかし烽火神は否定した。

 てっきりあの神社を見たら僕の意思が揺らいでしまい、納得させて諦めさせることができなくなるからだとばかり思っていたのだが。

 実際それは正しくて僕は今、自分の意見と目の前の光景に揺れている。そもそも僕をここの神様にしなければこんな迷いも起きなかったというのだが、そこまで見越していたのかあの師匠は。

「それは違うと思うがなあ」

「ではなぜ僕に死んだ神社を見せなかったというのですか」

「夢、だよ。きっと子供の夢だ」

 烽火神はそう答えた。

「先代北稲荷神は君のその夢を壊したくなかったのだよ。サンタクロースを信じる子供のように、ヒーローになれると思っている子供のように、君の夢を大切にしたかったのではないかなあ」

「それはないです」

 僕はきっぱりと言い切った。

「もし、百歩譲ってそうだとしてもやはり僕の夢は到底叶うことのないただの妄想だと思われていたと言うことですよね。それはそれでまた腹立たしい」

「しかし君の夢はそのレベルのものだ。そう思われても仕方がないさ。それとも君は叶わないと知った時点で諦めてしまうのかい」

「・・・・・」

「いや、しかし諦めるほかなくなってしまうのだろうなあ。だから別のやり方で叶えるしかないのかもしれない。サンタクロースを信じたいのなら、現実を見なければいい。ヒーローになりたいのならば特撮のオーディションでも受ければいい。他の方法だってたくさんあるとは思うがなあ」

「烽火神は僕の夢を応援してくれているのですか」

 人間を幸せにする。神社を潰すのはその過程でおこってしまうことであり、昔から見てきた神社を過程で壊されてしまう烽火神の気持ちはまた、想像できない。

「応援はできない。ただ、見届けようとは思っているよ。この神社は私のものではない、北稲荷神、君のものなのだからな」

 だから私は口を出さない、と笑う。

「死んだ神社を初めて見たというのは大きいだろうが、折れそうになるかもしれないが、頑張りたい分頑張るといい。頑張りたくないのなら頑張りたくなるまで休めばいい。生に限りがある人間だってそうしている。何倍も生きる私たちは尚更焦る必要などない」

「でも、間もなくこの神社は廃れます。それこそもう時間などありません」

 しかし、もし廃れさせたくないと思っても弟子も人もいない。すぐこの神社は廃れてしまうのだろう。

「うむ、それでもいいじゃないか。限りある時間の中、じっくりと悩むといい。休むか、頑張るかは君次第だと思うぞ」

「僕は・・・」

 どうするべきなのかはまだ分からない。

「今、私に答えを言っても意味がない。私に言っても何もできないのだから。それでは私は帰ることにするよ」

「烽火神」

 僕は帰ろうとする烽火神を引きとめた。

「神に死という概念はありませんが、いつかは消えてしまいます。烽火神はそれが恐ろしくないのですか。僕はどうも死という概念に触れてからそれが恐ろしくてしようがありません」

「・・・・・そうだなあ。怖い、怖いさなあ。消えるというのはどういうことなのか。消えた後、どうなってしまうのか。どれもこれもが分からない、分からないというのは恐怖だ。怖いんだ。私は、消えるのが怖い」

「・・・・・」

「君だけでも私だけでもない。みんなそうさ。しかし君らはまだ若いからしばらくは、本当にしばらくはそのようなことを考えなくてもいいだろう」

 烽火神はそれだけ言うと自分の神社へと戻っていった。

 消えるということが分からなくて、分からないことは恐怖。僕は今まで分からないことは分からないのだから考えないという考えを持っていた。でも、今は違う。

 僕が消えてしまうのが怖い。神社が死ぬのが怖い。

 また長い間考えてしまっていたのだろうか。気が付くと、北稲荷神社のまわりには子供たちがいた。学校帰りだろうか、ランドセルを背負って走り回って遊んでいる。

 とても楽しそうだ。しかし人間は僕らよりもはやく老いて、死んでしまう。よく笑顔で遊べるものだと感心する。僕なら無理だ。確実に。

「何してるんだ!」

 ふと、別の声が聞こえてきた。またどこかの神様が訪ねてきたのかと思ったらそうではなく、人間のようだった。人間の子供がやってきた。

「ここは僕たちの遊び場だぞ」

 どうやら遊び場を取り合っているようである。

 遊んでいたと思ったら争いだす。本当に退屈しない生き物だなあ。

 しかしどんどんヒートアップしていき、喧嘩になりそうになっていた。さすがにそろそろ危ないかもな、と僕がなんらかの方法で喧嘩を止めようかと考えていると、ものすごい突風が木々を揺らした。それに驚いた子供たちは喧嘩をやめ、元の遊びへとそれぞれ戻っていった。

「はっは!安らぎの風、というところかな、しかしまあ、なんとも面白い生き物ではないか」

 低い声が轟く。その声はどうやら僕にしか聞こえていないようで、ということはすなわちそれは神様ということに他ならない。

「風神様ですか」

「久しぶりだなあ、北稲荷神よ」

 神様というのはそれはもうたくさんいる。八百万の神と言われるように本当にそれぐらいいると僕は思っている。そしてその誰も彼もが神社の神になるわけじゃないし、なろうとするわけじゃない。

 こうして、全く別の神になる神もいるのだ。風神雷神の風神。それはもうすごい競争率で一種の芸能人みたいなものだ。

「風神様、お久しぶりです」

「はっは!元気そうだのう。先代北稲荷神に無理矢理ここの神にさせられたんだってなあ。気の毒というか、あいつのやりそうなことよなあ」

 何かに思いを馳せるように遠くを見る風神様。

「そういえば雷神様は?」

「あいつの動向なんか儂が知っておるわけがないだろう。儂にも行方がつかめない、儂を差し置いて本当に風のようなやつよ」

 がっはっはと豪快に笑う。

 その度に風吹き、木々が揺れる。風神様が本気を出せばこのさびれた北稲荷神社など簡単に吹き飛ばしてしまうのだろう。

「ふむ、で、北稲荷神よ。何かとても面白いことをやろうとしているそうではないか。どれ儂にも教えるといい。面白いことは大好きだからなあ」

「別に何もやろうとしてませんよ」

「なに?自分の神社を潰そうとしているのだと?」

 全部すでに聞いているんじゃないか。

「がっはっは!面白い!珍しいなんてもんじゃない。素晴らしい、見たこともない志ではないか。さぞかし批判にあうだろうが儂は応援しよう」

 と風神様は言ったのであった。

 確かに神社の神様とは少し違う神様ではあるのだが、神社を潰そうとする行為がどのようなものなのかなんてことは分かっているはずなのに。

「儂はただ見たことがないものを見たいだけだ」

 風神雷神になったものは長寿となる。死という概念がない世界ではあるので、長寿と言っていいのかどうかは分からないが。消えるまでの時間がかなり長いのだ。それこそ神社の神様よりも。

 だから風神雷神は楽しそうなものがあればすぐにそれを知りたがる。いや、今の雷神様はそんなに積極的ではないけれど。

「どのぐらい生きてきたのか自分でも分からないが、お前のようなものは初めてだ。初めてなのはよいことだ。だから儂は応援する」

 なんだその理屈は・・・。

「よっ」

 と風神様は大きく腕を動かし、手に持つ扇を振りまくる。

 その度に風吹いている。しかし荒い風ではない。子供たちも気持ちがよさそうにその風を浴びている。

「祝福の風だ」

「祝福って僕はまだ何も成し遂げていませんよ」

「すでに悩むということを成し遂げているではないか」

 そこまでバレていたのか・・・。

「お前の考え方は確かに危ない。お前のいう、人間を幸せにするというのは神の力を使ったものなのだろう。儂はその点に関しては興味がない。お前が裁かれようが関係がないからな。興味があるのはその幸せにする過程に自分の神社を潰すことを入れていることだ」

 愉快そうにまた笑う。

「まさに片手間、眼中にないと言わんばかりのこと。そこが素晴らしい」

「・・・・・」

「先ほどの祝福をどうとらえるかはお前次第だ。楽しくなってきたからなあ、しばらくお前のまわりにいることにする。時間はないぞ、精一杯悩むのだ」

 そう言って風神様も消えてしまった。

 どうして僕らのまわりにはこのように焦らす神しかいないのだろうか。子供たちももう家に帰ってしまったのか見当たらない。

「風神様は相変わらずね」

「東奥女神・・・」

 僕のところに次々と神様が来るのは僕のことを心配してではなく、この古き良き、北稲荷神社のことが心配だからだろうか。

「どう?考えはまとまった?」

「いいえ。相変わらず」

「遅いわね、バカ」

「あなたも相変わらずですね・・・」

 げんなりとして答える。

「僕は恐らく僕の夢を諦めたりしない・・・と思いたいです。ただ、それだけです、今分かることは」

 逆に言えばそれ以外はまるで分からない。

 そう考えてまた思考の底へとはまりそうになったとき、大きな風が吹き荒れた。先ほどの優しい風なんかとは大違いの荒々しいでかい風だ。

「これは・・・!」

「風神様・・・?」


新しい神様も出てきてようやくお話も中盤入るか入らないかぐらいになりました。


ではまた次回。

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