第4話 神様のいない神社。
死ぬ、という言葉はなんとも残酷で悲しくなる響きである。できれば生きている間に遭遇したくはない言葉であるのだが、どうやらそういうわけにもいかないらしい。
特にそんな言葉を神社につけるとはなんたる罰当たり。しかし僕ら、神社の神がその言葉を使うのは例外なのである。罰を与える側である僕らが、何をしようが意味がない。自分に自分で罰を与える人間などいないし、死んだ神社という言葉を使えるのは神様の特権かもしれない。
そんな死んだ神社を僕は見たことがない。なぜか師匠からその存在を教えてもらっていなかったのだ。他の神様はみんな知っていることなのに。
今回の神楽島神社は存在すらも知らなかった。神様の近所付き合いと呼ばれるこの地域で知らない神社などなかったはずなのに。
偶然などではないはずだ。師匠が隠蔽した。僕に知らせないように存在自体を隠していた。それしか考えられる理由はない。
しかしその師匠が行方不明な今、僕はその神楽島神社へと向かっている。
「で、なぜ三月見神もいるのですか」
「暇だから」
なぜか僕ら一行は3人に増えていた。僕と、東奥女神、そして三月見神。
話しているうちになぜか三月見神も一緒に行くことになってしまったのだ。
「こうしていると昔を思い出すね」
と三月見神は笑顔で言った。
それを見て、東奥女神も笑顔になる。そして僕も笑顔を作った。
作らないと笑えない。今、僕のまわりの雰囲気はそのようなものであった。なぜなら・・・。
「もう着いたわよ、2人とも」
目の前にあるのが神楽島神社だからである。
神様がいなくなったことを人間が気付くことはない。だからこうして神社の1つとして手入れされているのか、三月見神社ほどではないけれどとても綺麗な神社であった。
少なくとも北稲荷神社よりは断然綺麗である。
鳥居の色もきちんとしていて、落ち葉もいい感じに散っている。先ほど掃除されたのか階段などの位置に落ち葉はない。
しかし嫌な感じがする。そのせいで、僕は笑えなかった。僕だけじゃない、きっと2人だって素直に笑えないはずだ。
何度も言うが、見た目は綺麗なぐらい。階段をのぼれば、その神社の様相が見えるはずだ。
「あの・・・なんか嫌な予感がするんですが」
「北稲荷神はここに来るのが初めてだから、尚更そう感じるのかもしれないわね。まぁ、でもこの感じは2度だろうが3度だろうが慣れることはないんだろうけど」
そう言う東奥女神も気分が悪そうに上を見上げていた。
そこまで嫌なら僕をここに連れてこなかったらよかったのに。
「でも、あんたは現実を見るべき。死んだ神社がどういうものか」
そう言って、東奥女神は一歩踏み出す。そのまま流れるように階段をのぼっていった。それを見た三月見神もにへへ、と笑って、一歩踏み出す。
「久しぶりだね・・・神楽島ちゃん」
そうつぶやいて。
恐らく、神楽島ちゃんとはここの神だったものなのだろう。そして顔の広い三月見神はもちろんその存在を知っていてしかも知り合いだったということか。
僕もそれを見てまた一歩踏み出すのであった。
一歩、一歩、一歩階段を上がるたびに嫌な感じが増していく。正直言うならここから先には上がりたくないぐらいだ。
この2人は僕に何を見せるつもりなのだろうか。
階段を上がる。上がる。上がる。そこまで長くない階段なのか、上がっているうちにすぐに上が見えてきた。そしてここに来てもう誰もしゃべらなくなっていた。
頂上に足を踏み入れる。
目の前にまた鳥居があった。僕たちはそれをくぐって・・・。
「!」
ぶわぁあああと何かが吹きぬけていく感じがした。風ではない。もっと生温かくて気持ちの悪い何か。それが僕の横を通り過ぎていったのだ。
「なんだ今の・・・」
そして顔を上げる。その先にあったのは綺麗な神社だった。時間帯的に人はいなかったが、人が通っている痕跡もある。まだ神社として認識されているのだろう。
でも、僕ら神様なら分かる。
ここにもう神社としての効力はない。
もうここに神はいないのだ。
「なんか気持ち悪いですね・・・」
「神社に気持ち悪いとは罰あたりだなあ。でも同感。神様だから許されると思って言うけど・・・これは不気味だね」
三月見神がほんとうに具合悪そうにそういう。
目の前にあるのは本当に僕らの知っている神社なのだろうか。
僕はこれから自分の神社である北稲荷神社を『こう』させてしまうのか、というような考えが頭に浮かんだことは自分でも驚いた。
一瞬だが、揺らいでしまった。この光景を見て、揺らいでしまった。
「神楽島神社」
急に東奥女神が口を開く。
「歴史もそれなりにあって広さもそれなり、でも一番の魅力は色あせない綺麗な2つの鳥居。それが人気で人もたくさん集まっていた神社よ」
その情報が嘘かのようだ。
もうここには何もない。廃墟のように外見が汚ければ、まだ受け入れられる。しかしこれは受け入れられない。変に外見が綺麗なせいで余計不気味になっている。
「こうなってしまったのはここの神であった3代目神楽島神のせいなのよ」
「・・・・・その神様が何をしたのですか」
「神の力を使って人を幸せにしたわ。正確に言うと事故を回避させたの。車に轢かれそうになっていた子供を助けるために子供を移動させたのよ」
「・・・・・それの何がいけないというのですか」
それは人を助けた素晴らしい話じゃないか。なぜ神社がこうなってしまったのだ。
「神は平等でなくてはならない。だから神楽島神には全ての人を事故から救う義務ができてしまった。でも神楽島神もそんなの覚悟の上だったのでしょうね。到底無理な話ではあるけれど、とりあえず了承したそうよ」
了承させたの間違いだろう。
全ての人を事故から救うってそんなの無理に決まっている。神社で願っていった人ならばまだしも見ず知らずの人なんて救えるわけがない。
「私たちは神社の神でもあるけれど、一般的に言う、神様でもあるの。全ての人を救わなければならないという話もうなずけるわ」
でもそこからが問題だと東奥女神は言った。
「子供を轢いてしまいそうな運転手は唐突に子供が消えたことに驚いて近くの壁にぶつかってしまった。その結果、運転手が死んでしまったの」
「・・・・・」
「そして神楽島神は加害者になった。何か1つを救ったら何か1つが壊れてしまう。それをまさに神楽島神以外の神も痛感したというわけよ。それで神楽島神社は廃れ、神楽島神は一生神社の神になれず、神の世界の端へと追いやられてしまったの。誰も姿は見てないそうよ」
なぜ師匠が僕に何も言わなかったのか。この話をしたら僕の心が折れると思っていたのだろう。師匠は変に真面目だから僕の考えを真っ向から否定して納得させたかったはずだ。
でもこれを僕に見せてしまうと納得もせずに、ただ恐怖で自分の間違いを認めてしまう。そう考えてこのことは何も言わなかった。いや、
「他にもこのような神社があるんですか」
「ここらへんに4、5つぐらいあるわ」
もちろん僕はそれを知らされていない。神楽島神社だけでなく、他の死んだ神社のことも僕は教えてもらえなかった。
「これが現実よ」
「なぜ・・・人を救ってはいけないのですか」
「・・・・・人を救うことを否定しているわけじゃないの。平等で、加害者にならなければそれでいい」
「そんなの・・・」
救うことを否定しているのと同義じゃないか。
「それだったら僕は神社の神にならなくていい・・・」
毎日、人の願いを聞いて、切実な願いや悲しい願い、そんな願いを毎日聞いて救える力を持っているのに何もしないのならば、いっそその願いに出会わない方がマシだ。
しかしここで自分でも気付く。
僕は・・・人を救うことよりも自分を選んだんだ。自分がどうなろうが、神社がどうなろうが知ったこっちゃないと今までは考えられていたのに、今は神という座から逃げることしか考えていない。
「そう、あなたの神社よ。好きにしなさいよ。そんなの」
と少し不機嫌そうに東奥女神は呟いた。
僕は人の願いを叶えたい。でもそのためには自分がどうなってもいいという覚悟が必要だ。それはきっと神社を廃れさせる覚悟と同じことで、結局はその2つの覚悟ができなければ、人の願いを叶えることなんてできないのだろう。
それに・・・加害者となって代わりに誰かを死なせてしまっては意味がない。
「・・・・・」
もう神社の神ではいたくない。
誰かにあの神社を預けるか・・・はやく廃れてほしい。廃れさせるのではなく、廃れていく他ない今の状況に身を任せていたい。僕に覚悟をさせてくれ・・・。
「うーん、にへ。帰ろっか」
そういう三月見神の声が聞こえるまで僕らは黙りっぱなしであった。
帰る途中、再び、南千枝神と会った
「おー、南千枝くんおひさー」
「・・・・・三月見神か。で、これはどういうことなんだい、みんなえらく沈んでいるが」
ま・さ・か?
と南千枝神は言う。
「北稲荷神、お前、死んだ神社を見に行ったのか?」
ずばりいい当てた。
「ふーん、で、廃れていくことに恐怖したか?でも残念だなあ。君の神社はもう廃れていく他ないのだよ。弟子が集まるわけないし、人だってこない。君の神社もすぐにああなってしまうよ」
「・・・・・そうですね、そうしたら僕の覚悟もかたまるかもしれません」
そのまま、後ろを振り返らずに僕は自分の神社に帰宅した。
さびれていて、人もいないけれど、不気味さは感じさせない。やはりあの神社は別格だ。汚い神社だと思っていた自分の神社もとても綺麗に見える。落ち着く。安心する。
まずは・・・ここを廃れさせなくてはならない。僕が廃れさせるのではない。その覚悟はまだかたまっていない。だからこの状況を続ける。
これで廃れても弟子がいないんじゃしょうがない、と思うだろう。
一応形だけでも適当に勧誘するか、と決めながらまた再び、神楽島神社のことを思い出すのであった。
今のところ予定通りなので、恐らく最初に書いた話数あたりで終わると思われます。元々ぱっと思いついたものを書いたので続きを考えるのが難しいです。毎回そんな感じですけれど・・・。
ではまた次回。




