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神様のご近所付き合い。  作者: 花澤文化
近所の神社の神様達。
2/11

第1話 神様の近所付き合い。

「よう、さびれ神」

 僕が今日をどうやって過ごそうかと考えているとそこに別の神社の神様が来ていた。南千枝みなみちえ神社の神様である。南千枝神社とは50年の歴史を持つ、中堅神社だ。ほどよい歴史があり、ほどよい綺麗さもある人気の神社である。

 観光客などもまずそちらへ足を運ぶのだろう。歴史ばかりであまり人のいない神社のうちとは大違いである。

「何か用でしょうか、2代目南千枝神」

「そうかしこまるなよ。ほぼ同じ年代だろ。少し俺の方が上なだけで」

 にやにやにやにやにや。

 そういう擬音が聞こえてきそうなぐらいの笑顔。嫌味な笑顔。皮肉な笑顔。僕はそれが大嫌いだ。ここに来てからというもの、僕は毎日そのような顔を見ている。

 よくもまぁこんな神社の後を継いだな、と。そう笑っている顔である。

「で、さびれ神」

「僕はそんな名前じゃない」

「じゃあ北稲荷神」

「僕はなるべくならその名前でも呼んでほしくないですね」

「でも前の名前ももう覚えていないのだろう」

「う・・・」

 詰まる。

 神になり、神社の名前を継いだ瞬間から前の名前は忘れてしまう。それは当然のことで1つのものに名前は1つと決まっているからだ。

 特にこの業界、神業界ではそれが強く結びついている。だから僕は既に前の名前を思い出せないのだ。逆にいえば、既に僕はこの神社の神になってしまったということである。

「僕だって好きでここにいるわけじゃ・・・」

「ん?なにかな?聞こえないのだが。さびれた神社だから音も聞き取りにくいな」

「・・・はっ。高々50年程度の歴史で偉ぶっているんですか。それだとしたら僕は500年の歴史がある。10倍です。あなたの10倍偉いということです。そうなります」

 南千枝神はあたりを見渡し、

「ふむ、その歴史もどうやらただの歴史、過去でしかないみたいだが?」

 北稲荷神社はその昔、かなり繁盛していた。人で溢れ、願いで溢れ、幸せで溢れていた。このようにさびれた神社などではなかったのだ。

 実際その頃でも代々の神は願いをかなえようとはしなかったわけだが。廃れている今こそ願いを叶えて願いを叶える神社ですよ、と売りこめばいいのに。

 とはいえ・・・今、ここの神様は僕なんだよな。

「で、本当に何しに来たんですか」

「いいや、簡単なことだよ。俺はまたいつものように君に忠告しに来たのさ」

「・・・・・」

 その一言にまた僕はため息をついた。

 いつものように、というように南千枝神は毎日のように僕のところを訪ねてくるのだ。しかも同じ理由、忠告するために。

「このまま人の来ない場合、あまりにもさびれすぎた場合、ここの神社は神的能力を失うことになる。すなわち潰れてしまうんだよ。もちろん君も必要なくなり、路頭に迷うこととなる。可哀そうに」

 にやにやにやとまた嫌な笑顔を浮かべながら僕を見た。

 その通り。このままでは神社としての機能がなくなってしまう。今までは弟子たちが多くいたのでかろうじて神社としての機能を保っていた。

 要するに人間サイド的にも神サイド的にも盛り上がりに欠けてしまったらこの神社は終わってしまう。

 人間サイドは言わずもがな、弟子のいない僕は神サイド的にもさびれてしまっているのだ。僕は、というか僕そのものの神社ではあるのだけど。

 南千枝神はそれをわざわざ僕に言いに来る。僕がそのことで焦っているとでも思っているのだろう。

 しかし生憎、僕はこの神社がどうなろうが知ったことではないのだ。

 むしろ潰れてほしいとさえ思っている。罰あたりなどではない。なぜならその罰を与えるのが僕だからだ。僕は潰れた後、どこの神社に弟子入りしようかということしか考えていない。

「ご忠告どうも。しかしあなたは不思議だ。毎日それを僕に教えてくれるわけだけど、前日に教えてくれたということを次の日には忘れているのでしょうか。だとしたら本当に不思議なことだ」

 皮肉とばかりに僕も負けじと言葉を紡ぐ。

 それを聞いてむっとする南千枝神。僕に焦りがないということに苛立っているのだろう。なんと理不尽な理由か。

「君はこの神社が潰れてしまってもいいのかい?」

「いえ、困ってしまいます。僕は路頭に迷ってしまいますし、今後どうしたらいいのかが分からなくなってしまいます。あなたが言った通りです。しかし・・・もうそのことも覚えてらっしゃらないのでしょうか。だとしたら僕はそこから説明しなければならないのですけれど」

「・・・・・そうかい。君に焦りは感じない。もしかして潰れてもいいとかそういうことを考えているのではないか?」

 さすがにばれてしまったか。

 ここまで悠長に構えていればそれはばれるだろう。

「いいえ、僕はこの神社のことが大好きですから」

 作り笑顔を張り付けてそう言う。

 南千枝神はとても気味が悪そうな顔をした。そしてその顔はすぐに苛立ちを感じさせる怒りの顔へと変貌した。

「心配して損したな」

 そう吐き捨てた。

 嘘をつくな、嘘を。僕を陥れたいがためにそう言っているだけだったではないか。

 実は南千枝神も先代北稲荷神の弟子だったのだが、前に弟子をやめ、見事出世。このさびれた神社よりも大きく、綺麗で、盛り上がっている神社の神となった。

 ほんとう、僕もあの時に抜ければよかった。

 しかしそれももう時間の問題。すぐにこの神社は効力を失い、僕も別の神社へと移動することになる。

 先代には怒られるだろうけれど、その時すでに僕は別の神の弟子だ。そこまで口出しもできないだろう。伝統のある神社ではあるけど、そんなこと僕には関係ない。

 南千枝神が言った通り、過去は過去なのだ。

「先代は元気だったかい?それとも死んでしまったのかい?」

「あの方はそんなすぐに死ぬようなお方ではないですよ。そもそも引退したのも年齢のせいではないですし。とても元気でした」

 なぜ僕に神の座を渡したのかが分からない。

 年齢ではなく、まだ元気なのに急に僕にその座を渡した。今、行方知れずとなっているが、果たして先代である師匠が何をしているのかは僕には分からない。

 ただ、確実に元気ではあると思う。それだけはしっかりと。

 神に性別はない。男でもあり女でもある。年齢も人間のものとは違い曖昧だ。それにものすごい生きるので正確な年齢を覚えていないということもある。

 だから師匠について語るのは難しい。けれど、うるさい人だったと言っておこう。厳しくて、口うるさくて、めんどくさい、そんな師匠。

 会う度に喧嘩になるので毎日会うことが億劫だった。考え方もかなり古風でめんどくさい。

「そうかい。それはよかった」

 と本当に安心して南千枝神は言った。こいつは師匠のことが好きすぎる。毎回従い、尊敬していた。まさにこの北稲荷神にふさわしかった。なのに、南千枝神はそれを捨てて別の神のもとへと言ってしまった。理由は・・・聞いても教えてくれないのだろう。

 南千枝神・・・あの頃の名前はなんと言ったか。とにかくこいつが去った後、師匠が悲しそうにしている姿を僕は見た。

 僕がこいつと南千枝神のことを呼べるのは同じ師匠の弟子だったからでもある。今は神としてのレベルでも年齢でも負けているので敬語を使っているが。

「・・・・・」

 南千枝神を睨む。

 僕がこの神の座が嫌いなのはこいつのおこぼれをもらったような気がしたからということもある。きっと僕が師匠のもとを去ってもあんなに悲しそうな顔はしないのだと思う。

「何をそんな怖い顔をしているんだ、君は。俺に何か言いたいことがあるのなら敬語を外して心からお前の想いを伝えてみろ」

 そう睨み返され、僕は少し冷静になった。

 なにを熱くなっているのか。僕はもうじきこの座を降りるというのに。

「何も言いたいことはございません。反抗的な態度お許しください」

「・・・・・腑抜けが」

 つまらん、と吐き捨てて、南千枝神はどこかへ行ってしまった。

 そもそも姿というものも曖昧なのでどこかへ行ってしまった感覚ということになるのか。腑抜け。確かに僕はそうかもしれない。野心に溢れてもいないし、ここをやめて他の神に弟子入りしてもそこの神社の神になれる気がさらさらしない。

 なれる気が、というよりなる気がないのかもしれない。

 それを見越して師匠は僕に神の座を渡したのだろうか。

「いや・・・」

 そんなはずはない。

 そんな僕の甘えを、野心がない甘えを師匠は許さないだろう。

 神という存在は唐突に生まれる。八百万の神とはよく言ったもので、数的にはそのぐらいいる。全ての万物に神が宿っているのではないかと僕は考えている。

 神に親などいない。親代わりならいることはあるが、それも全員ではない。生まれるときは1人で、急に勝手に生まれるのだ。生まれて、なんとなく生まれたことに気付いて神社の神を目指すべく頑張る。

 人間でいう就職みたいなものだろうか。

 師匠は僕にとっての親代わりみたいなものだったのだ。古風な感じで話し方も古風なのでおじいちゃんおばあちゃんのように感じるかもしれないが、神は姿を持たないのでそもそもよく分からないのだ。

 そんな神というものについて珍しく頭を働かせて考えていると、また来客だ。どうせどこぞの神様が僕をバカにしに来たのだろうと思った。

 しかし向上心もないのでその言葉すらも受け流す。先ほどは熱くなってしまったがもう大丈夫。

「・・・・・・あれ」

「また南千枝神にバカにされたの?バカ神」

 それはここの近くにいる神様で唯一僕の神社のことをバカにしない神様。

 東奥女ひがしおうめ神社の神。東王女神。

「久しぶり、北稲荷神」

「東奥女神。お久しぶりです」

「敬語やめて。私とあんたは大体同い年でしょ。昔は一緒に遊んだじゃない」

 と、言われても神社の格的にはあなたの方が上なので。

 東奥女神社といえば、ここらへんで最も有名な、歴史もそれなりにある神社だ。広さは南千枝に劣るものの、人の多さでは圧倒的に東奥女神社の方が多い。

「いえ、僕はこのさびれた神社の神。あなたとは大きく違います」

「またそんなことを言って。同学年に敬語って悔しくないの?」

「悔しい悔しくないの問題ではありません。目上の者には敬語だとうるさいぐらい師匠に言われていたもので」

 本当にうるさいぐらい。

「先代・・・先代北稲荷神は元気?」

「えぇ。僕にも行方は分かりませんが、恐らく元気だと思います」

 そう、と東奥女神は笑う。それは安堵したのではなく、僕によかったわね、と語りかけるようであった。よくもないし、悪くもない。それに至っては無関心だ。

「それにしても本当に静かな場所ね。先代の時は人はいなくとも弟子でにぎやかな印象があったのだけど。あんた弟子はとらないの?それともまた変な反抗心からバカなことでもしてるの?」

「それはいた方がいいですよ。しかしこんなさびれた神社でしかも僕が神という特典付きの場所にわざわざ弟子入りする神もいないでしょう」

「うーん、それはなかなか否定できない」

 と意外と冷たい。

 そして神社のことをバカにはしないけれど、口が悪いときがあるのだ。それは親しみからくるものなのだろうと、僕は無理矢理考えている。

「あんたに向上心がないのがいけないの。この神社を復興することを目標に他の神社から弟子を奪うぐらいの気持ちでいかないといずれ廃れるよ、簡単に」

「そんな気持ち僕には一生湧かないと思います」

 僕はそう言い切った。

「僕にこの神社を復興する気などさらさら考えていません。この神社が潰れてしまった時にはあなたのところに弟子入りするかもしれないので、その時はよろしくお願いします」

「ほんとプライドというものすらもないのね、あんたには」

 残念そうに、そう言う東奥女神。

 そんな失望すらももう慣れてしまった。もう、慣れてしまったのだ。

「それであなたは何の用でしょうか」

「別にあんたが心配だから見に来ただけよ」

 今度は先ほどとうってかわって笑顔で言う。なんだか懐かしい。昔遊んだ記憶が蘇る。

「特に南千枝神はいじわるだからね」

 東奥女神社は南千枝神社より神社としての格が上だ。だからこそここまで強気に言える。それだけでなく、南千枝神は東奥女神のことが苦手なのだ。

「どうせあんたが焦っている様子を見に来ているのでしょう」

「正解。ほんとどうにかしてほしいものです」

 しかしもう明日からは来ないかもしれない。

 腑抜け。

 あの時言われた言葉。それをまた思い出す。もう完全に僕に失望したような感じであった。だとしたら僕はもうあいつに会わなくても済む、ということか。それはいい。それは最高だ。

 僕はもうこの近所付き合いに疲れてしまっている。

「近所付き合いって私ともそう思っているの?」

「滅相もございません」

「嘘吐き」

「・・・・・嘘などつきません」

 はぁ・・・と東奥女神はため息をついた。

「よくわからないわ、相変わらず。あんたには好きな神、とかいるのかしら。とてもそういうのがいるとは思えないけれど。あ、先代北稲荷のことは大好きよね」

「何をおっしゃる。尊敬はしていても好きではありません」

「またそういうこと言う・・・。じゃあ私は?私は?私はどうなの?」

 きゃっきゃっと子供のように目を輝かせて聞く姿(姿というよりも感覚だが紛らわしいので今後姿と見えているようにする)は可愛らしいものであった。

 純粋な好奇心。

「もちろん、好きですよ」

「むぅ・・・・・・・・嘘吐きこの大嘘吐き」

 とまた言われる。

「あんた、上っ面だけの会話だけ得意になって。昔は問題児だのなんだの言われていたのに」

 それは今でもあまり変わっていない。

 と、師匠には言われていた。

「そういえば・・・」

 ふと、思い出した。

 僕が師匠に散々言われていたこと。

 そして僕以外の人に聞きたかったこと。

「東奥女神」

「ん?なに?」

「あなたは神の力を使おうとしないのですか。あれだけの人がいて、みんな願い事をしていく中、あなたは神の力をどのように使うのですか?」

 ずっと知りたかったこと。

 僕が間違っていないという証拠をどうしても探したかった。そして師匠にそれを突き付け、僕があっていたことを証明するために。

 ごくり、と生唾を飲む。

 なんというかこれこそ真髄であり、僕が一番興味のあることだった。他の神は僕をバカにしてまともに取り合おうとしない。だから、東奥女神こそが僕の唯一の味方のように感じていた。

「使わないわ」

 しかしその考えは簡単に打ち砕かれた。

「な・・・・・なんででしょうか」

「神の力には限界がある。全ての人間の願いを叶えていてはすぐに神の力はなくなってしまう。私も願いが叶いますように、と一緒に願うことはするから効力0ではないけれどね。それに何人かの願いを叶えてしまっては不平等だもの」

「不平等って・・・そんなことに固執していてはどんな人間も救えません」

「でも、神が平等を破ることは最も許されない。あんたにもわかるでしょ、大馬鹿。1+1が2のように、空気中に酸素があるように、そんな簡単な答えのうちの1つのはずだけど」

「・・・・・」

 変わらない。僕の師匠と何も変わらない。

 失望なんかしていない。僕なんかがしていいものではない。けれど、どこか裏切られてしまったように感じてしまった。バカだ。そんなの僕が勝手に思っているだけなのに。図々しい。僕は本当に大馬鹿だ。

「ありがとうございます」

「・・・・・・あんた、よからぬことを考えてない?」

「何も考えていませんよ。安心してください、東奥女神。ただ、僕にも弟子がいればなぁと思っただけです。何を言っても肯定し、尊敬してくれる弟子がいればなぁと」

「そう。でもそう思ってるうちは弟子なんかできないでしょうね、バカ神」

 そう言って、東奥女神は去って行った。

 本当、近所付き合いは大変だ。引きこもっているというのに、なぜこんなに他の神と会うのだろうか。

 放っておいてほしい。僕の願いはそれだけなのに。

 神の願いすらもこの世の中は叶わないというのだろうか。

「・・・・・・・師匠」

 なぜかその名前を呼んでいた。無意識に呼んでいた。僕は呼んだことすら気付かずに空を見て、時間を潰していたのだった。

 



この話でなんとなく雰囲気を掴んでいただけたらなぁと思います。

基本このように進んでいきます。日常ものみたいに会話中心で。


しかしもちろん最後の方にはきちんと盛り上がりがあるように考えております。短めなのでぜひとも、最後までお付き合いいただけたらなと思います。


ではまた次回。

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