千回の経験はたった一回の経験をまえに無力なときもある
「はぁぁ・・・」
学校に向かい、歩きながら大きなため息をついた俺―――本野聡志は、さっき起きた悲惨な出来事を思い出していた。やっと千回告白をするという馬鹿みたいな偉業を達成した後にも関わらず、俺の心は壮大に打ちひしがれていた。
これで約束が終わったのは確かなのだが、いろいろな意味で終わった気がする。
あぁ学校に行くのがこんなにもつらいなんて・・・
家に引き返しそうになる足を何とか前に押し出し、学校に向かってさらに歩きだそうとしたとき、後ろから俺の肩にぽんっと手がのった。
「おはよう聡志!それと千回告白達成おめでとう!」
「孝一・・・おはよう」
俺は振り向き、肩にのせられている手の持ち主が親友と分かって、少し苦笑い気味に挨拶を返した。
新藤孝一、俺の唯一の親友で、小学一年生から中学卒業までずっと一緒のクラスという、なんとも奇妙な偶然が重なっている。小学一年の最後に孝一が転校してきて、周りに馴染めない孝一に俺が声をかけたのが仲良くなるきっかけだった。そこから仲良くなるのは早くて、気づけば毎日一緒に遊んでいた。
そして、小学の高学年のときに、俺がいじめられていたのを必死にかばってくれた。
あいつに言われたことなんか気にしなくていい・・・と、孝一は言ってくれた。
「まさかほんとに千回も告白しちゃうとはね・・・あれほど気にするなって言ったのに」
「ていうか、朝のこと見てたのかよ!?」
「まぁ、たまたま歩いてたら聡志を見つけて、声をかけようとしたら女の子に話しかけちゃったから、そのまま流れでね」
「・・・」
朝の壮大な惨劇を親友に見られていたなんて・・・あぁ、なんかもうどうでもよくなってきた・・・。
「よくさっきで千回目ってわかったな」
「聡志が告白してきた女の子は全部把握してるからね!」
孝一の言葉に、もしかしたら二人の関係は親友の一線を越えているのではないかと誤解されたくないので言っておこう・・・どちらもいたって正常です!!!
「ったく、お前はほんと余計なことまで覚えてるよな・・・」
孝一は頭がいい。そして記憶力もいいので、いらないことまで覚えているのがやっかいだ。まぁ、そこまではいいんだが、一つだけ、むかつくところがある・・・。
それは・・・孝一がめちゃくちゃモテるということだ。
顔のパーツは、これでもかというほど整っているし、俺が見上げてしまうほど身長も高い。それでいて、スポーツは何をやってもそつなくこなす。まさに完璧なイケメンといえる。
本人は目が悪いという理由でかけているメガネも、女の子からしてみれば、メガネ男子としてのプラス要素でしかない。
小学二年になってクラスのみんなと打ち解けられるようになってから、孝一の人気は爆発した。毎日孝一の周りには女の子が学年関係なく群がるし、告白やラブレターをもらうのなんて日常茶飯事だった。そのせいで男子の友達はあまりできなかったが・・・。
「まぁ聡志は僕の親友だからね!」
「うっ」
孝一は笑顔で恥ずかしいことを平気で言ってくる。そんな孝一の笑顔に、男の俺もすこしドキッとしてしまった。
大事な事なので二回言います・・・断固として正常です!!!
「気になってたんだけど、なんでお前は俺と同じ高校を選んだんだよ?」
「なんで?って、聡志のことが心配だからに決まってるじゃないか!」
俺のことが心配だという理由で高校を選ぶあたり、もしかしたら孝一は俺のことが好きなのではないだろうか・・・いや!正常な男子に限ってそれはないだろう!!
「お前のオリジナルランクだったらもっといい高校にいけただろう?」
「別にオリジナルランクが高いとして、いい高校に行かなくちゃいけないなんてこともないでしょ?」
「まぁ、確かにそれもそうなんだけどさ・・・」
孝一のもっともな言葉に俺は言い返す気力をなくした。
―――特異個性、2000年に生まれた全世界の子供に初めて確認された特異能力で、病気という説や、第六感の発症、新しい人類の可能性など様々な説があるが詳しいことは、今なお分かってはいない。
その特異能力は似ているものはあれど、まったく同じものはないとされている。そのため、特異能力はその人の個性とされ、特異個性と呼ばれるようになった。
現在、オリジナルは七段階でランク付けされていて、上からS、A、B、C、D、E、Fとなっている。ちなみに孝一のオリジナルランクはAランクだ。
いま向かっている高校、私立須王学園はオリジナルのランクに関係なく入学できるという、少し変わった高校だった。しかし、ランクの低い俺にとってはとてもありがたいことである。でも、だからこそなぜ孝一がこの高校を選んだのかが理解できなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
孝一と話しながら歩いてきたこともあってか今日から通う高校、私立須王高校は目と鼻の先だった。ここまで来る間に女の子から、孝一には憧れのまなざしを、俺には蔑みと嫌悪のまなざしがあったことに孝一は気づいていないんだろうな・・・
そんなことを考えていたらいつの間にか校門の前まできていた。そして校門の前が少し騒がしい事に気づく。俺は「なんだ?」と思い、校門で騒ぎになっている原因を探そうとした。だが、その原因は探す必要もなく判明した。
校門のど真ん中で女の子が仁王立ちで立っているのである。それも超がつく美少女だったらなおさら騒ぎになるのは明らかだった。
燃え上がる炎のように紅く輝く髪をツインテールに結び、その中央の顔はとても小さく、瞳は吸い込まれそうなくらいに大きい。鼻はすっとしていて、桜色に輝く唇は怒っているのだろうか少しすぼめている。立ち姿も様になっていて、身長こそ少し低いものの、足や腕は細いながらも程よく筋肉がついている感じで、アスリートを思わせるようなバランスのいい体をしていた。しかし、残念ながら女性の象徴は確認することもできないぐらいにまっ平らだった。
俺はその女の子を見た瞬間、身の危険を感じ、身をひるがえし逃げようとした。しかし、孝一のおせっかいな朝の一言で俺の逃走劇は開幕する前に閉幕した。
「あ!舞ちゃんおはよう!!」
「ん?なんだ孝一君か。おはよう・・・・・・って聡志!!!」
校門に仁王立ちでたたずむ美少女―――篠崎舞は、孝一に挨拶を返すのと同時に俺を見つけ、あからさまに怒ってますと言わんばかりに俺を怒鳴りつけ、そこからものすごいスピードで俺に近づき、胸ぐらをグッとつかみ上げた。
「ぐ・・苦しいっ・・・」
「聡志!!今までいったい何してたのよ!?今日は早めに学校行ってクラス発表見ようって言ってたじゃん!!」
「いや・・・これには深い訳が・・・」
「問答無用っ!!!」
聡志は意識が飛びそうになりながら舞に訳を話そうとするが、舞は取り合ってくれそうにない。むしろ余計に力が入って俺はもう昇天寸前だった。
俺と舞との関係は幼稚園からで、孝一よりも長い付き合いだ。まぁ孝一と一緒でずっと同じクラスで高校も一緒という、まさに世の男子があこがれる幼馴染シチュエーションではあるのだが、昔から振り回されてきたせいか、舞を女の子として意識できなくなっていた。
でも、俺が見ても舞はすごくかわいいと思う。実際、小学校から中学校まで男にモテまくりだったし、気さくな性格もあってか女子からの人気もあって、孝一と同じく告白やラブレターをもらうのだって日常茶飯事だった。俺がいじめられていたときだって、孝一と一緒にいつもかばってくれた。そんな二人が何で俺とつるんでいるのか、いまだに分からない。
「ちょっと舞ちゃんっ!聡志が遅れたのはちゃんとした理由があるんだって!!」
―――あの孝一君・・・それだけは言わないでもらえると助かるんだけど・・・
「ちゃんとした理由って何よっ!?」
―――あの舞さん・・・なんで孝一の言葉には耳を貸すのかな?
「聡志は朝、女の子に告白をしてたから遅れたんだよ!」
―――はい、終了―
「はぁああああああ!?そんな罰ゲームまだやってたの!?あれほど・・・・あれほどやめろって言ったのに!!」
孝一がかばってくれたことには素直に感謝したいが、そのせいで舞の怒りは頂点に達したらしく、舞の紅く輝く髪が逆立ち始め、かわいいらしいツインテールもツノのように上を向いた。そして体の後ろには紅く燃え上がる炎が見える気がした――――いや、実際に燃え上がっていた。
「ちょっ!!マジでシャレになら・・・」
「聡志のバカぁぁぁぁぁぁぁ」
「ぅあちいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
俺の体は舞が放つ炎に包まれていた。舞は炎を自由に操れるオリジナルをもっていて、その攻撃力と希少性でランクはSランクに認定されている。小学校のときから舞が怒った時、俺は毎回火ダルマにされていた。そして舞が怒るときは俺が誰かに告白をした時ばっかりだった気がする。なんでかは全然分からないけど・・・
首もとを締め付けられ、尚且つ壮大に燃やされて意識が遠のく中、舞のかすれるような小さな声が、薄れゆく意識の中、聞こえた気がした。
「なんで私には告白してくれないのよ・・・」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――――と・・・・し
――――さ・・と・し
「んっ・・・」
誰かの呼びかけに俺は意識を取り戻し始める。
「聡志!!」
孝一の言葉に俺はだんだんと意識を取り戻し始め、ふと目を開けた。さっきの流れからして、目の前には澄んだ春の気持ちのよい青空が見えたり、保健室の天井が見えたりするものだと思うのが一般的だと思う。しかし、いま目の前にある光景は、一般的なそれとは違ったようだ。目の前にはきれいな顔立ちの孝一が・・・・・・。
触れ合うまであと、数センチ。
「気が付いたようだね」
「ぶわっああぷ!?」
あまりの近さに俺は驚いて叫び声を上げ、同時に孝一を押しのけ、後ずさる形で孝一から距離をとった。距離をとって冷静に現状を把握する限り、気絶をしてあまり時間は経ってないようだった。しかし、制服は所々こげているし、髪の毛だってチリチリだった。あんなに盛大に火葬されてこれだけですんだのは、多分、舞が手加減してくれたおかげだろう。「手加減するぐらいなら最初から燃すなっ!!!」なんて舞には絶対に言えないが。
「舞ちゃん、聡志に謝ったほうがいいよ・・・」
「ふんっ!これぐらいで気絶する方がだめなのよ!!もっとしっかりしなさいよねっ!!」
Sランクのオリジナルをうけて、気絶しないほうがおかしい・・・なんてことも舞には言えない。
「そっ、それより、結果はどうだったのよっ」
「結果って何の結果だよ?」
「朝の告白に決まってんでしょ!!!」
舞が何で、そんな必死に朝の告白のことを聞いてくるのか、イマイチ意味が分からなかったが、フラれたという事実をあまり人には言いたくはなかった。
「・・・・・・・」
「ちょっと!なんでだま・・・!?もしかして・・・OKだったの!?」
何を勘違いしたのか、舞は目にうっすらと涙を浮かべ、顔を真っ赤にしながら俺を問いただしてきた。このまま黙ってやり過ごそうかとも考えたが、舞のこんな顔を見たら本当のことを言うしかなかった。
「・・・フラれたよ」
「え!?」
「だ・か・ら、フラれました!!千回連続で女の子にフラれました!!」
焦ると余計な事を言ってしまうのは俺だけではないはずだ。しかしながら、最後のは余計だったな・・・
「そっ、そうよね!!あんたがOKされるわけないわよね!!むしろ千回連続でフラれるとか・・・」
「・・・なんだよ」
「・・・千回、告白したんだね」
舞は俺がフラれたことがよっぽど面白かったらしく、満面の笑みで俺を馬鹿にしていたが、俺が千回告白したことを知ってなのか表情を曇らせた。
「あんな罰ゲームみたいなのを千回もやっちゃうなんて・・・。ホントあんたって馬鹿よね」
「うるせえよ」
「でも、そんな負けず嫌いで、素直なところがあんたらしいけどね」
そんな舞の言葉に思わずドキッとしてしまった。ガサツで乱暴な舞だけど、根はすごく優しくて、面倒見がよくて、顔なんて文句のつけようがないぐらいかわいいし・・・あれ?俺はなにを考えてるんだ!?俺は別に舞のこと好きだなんて・・・
「・・・これで聡志から告白されるチャンスはなくなっちゃったか・・・」
「ん?今なんか言って・・・」
「聡志!舞ちゃん!そろそろ学校に入らないと!!」
舞にドキッとしてしまったことについて、壮大に悶絶していたせいか、舞の言葉が聞き取れず、舞にもう一度聞きなおそうとしたが、孝一の言葉にハッと辺りを見回す。
舞という美少女に壮大に火葬されていたせいか校門の周りには人だかりができていた。みんな俺たち三人に興味津々のようだった。美少女・メガネイケメン・火葬男、興味を引くのにこれほど面白い組み合わせはないだろう。さすがに俺たちも入学初日から悪目立ちはしたくないので、孝一の言葉通りに学校の中に入ろうとする。
そのとき、校門の前に一台の車が止まった。黒色のすごく車体が長い車、俺は今まで見たことはなかったが、多分これがリムジンなのだろう。俺たちなんかより、よっぽど悪目立ちしている。
「あの車って、城条先輩じゃない!?」
「え!?うそ!?」
辺りの生徒が急にざわめきだした。リムジンに乗っているのはそんな有名人なのだろうか?と思っていると、運転手であろう初老のダンディなオジ様が、運転席から後部座席のドアの方へと向かい、「ガチャ」とドアを開けた。
その瞬間、俺は息を呑んだ。
車から降りてくる様はまるで、どこかの貴族を思わせるような振る舞いで、すらっと伸びた足をゆっくり地面につけ、運転手の手に透き通るようなきれいな手を乗せ、優雅に車を降りてきた。春風になびく黒いストレートロングの髪、吸い寄せられるような大きい黒い瞳、すっと通っているきれいな鼻筋、小さくもはっきりとしている綺麗な朱色の唇。身長は同年代の女性の中ではすこし高い方なのだろう。手足はすらっとしていて腰もキュッとくびれている。すらっとしているせいか、女性の象徴はその大きさを隠そうとしていない。
「きゃー、城条遥奈先輩よっ!!」
「うおおおおおおおお!!朝から城条先輩を見れるなんて幸せだー」
その人が車から降りた瞬間、辺りの生徒は俺たちの事なんて忘れて、車の方にいっせいに集まっていった。
「先輩、おはようございます!!」
「今日もお美しい!!ぜひ今度昼食をご一緒してください!!」
その人が生徒に囲まれるのは一瞬だった。本人も困惑しているようだが、笑顔で対応している。顔もスタイルもいいのに性格もいいのか。
「城条遥奈先輩」
「え?」
「舞ちゃんが入学するまで、この学校で唯一のSランクで、成績優秀、容姿端麗、おまけに城条グループのご令嬢でお金持ち、さらに、去年の個性試合で、一回戦負けの常連高校の須王学園を、県大会まで進出させた実力者。まぁ僕たち一般の生徒からしたら、憧れの存在なんだよ」
「城条・・・遥奈・・先輩」
孝一の親切な説明も、今の俺には全然頭に入ってこなかった。城条先輩が車を降りてきてから一瞬たりとも先輩から目を話せなかった。俺が今まで見てきた女の子よりも、今まで告白をしてきた千人の女の子よりも、城条先輩は美しかった。正直、舞よりもかわいいと思ってしまった。
もし、俺が朝告白をしてなかったら、城条先輩に告白しただろうか。
多分、いや絶対告白しないだろう。簡単に話しかけてはいけない、むしろ告白なんてもってのほかと、思わせてしまうぐらいに完璧で・・・美しかった。
そんなことを考えていた時・・・城条先輩と目が合ってしまった。
俺は「ヤバイ!!」っと心の中で叫ぶも、俺の目は城条先輩の目から離れず、体も硬直したままだった。俺と目が合った城条先輩は最初、驚いた表情をしていた。しかし、フッと笑顔を見せ、あろうことかこちらに向かって歩いてきた。
俺はまだ硬直したままだった。いや、先輩は学校に入ろうとしてこちらに向かって歩いてきたんだ。そうだ!そうに違いない!!俺なんかに用なんてなにも・・・
しかし、俺が必死で違う案を考えてみても先輩は歩く方向を変えようとはしない。そして、城条先輩は俺の目の前でその足を止めた。
辺りの生徒は一様に動揺していた。孝一も舞も他の生徒と同じく動揺していた。しかし、俺が一番動揺していたのは言うまでもない。城条先輩は笑顔のまま、俺の顔を見ている。俺はそんな先輩から目を離せない。そして、先輩の口から衝撃的な一言が言い放たれた。
「私と、お付き合いしてくれないかしら?」
その瞬間、時が止まった気がした。俺だけではなく、辺りにいる人、全員の時が止まっていた。
「え!?あっ・・・そのっ」
先輩の言葉に俺は取り乱すだけで、何も答えることができなかった。
あれほど・・・千回も告白したはずなのに・・・
たった一回告白されただけで、俺は・・・何も答えられなかった。
―――――千回の経験はたった一回の経験をまえに無力なときもある