第零話◇毒吐きの孤毒
◇登場人物紹介◇
南愛姫――――――――――嘘吐き。
南愛華――――――――――女王様。
イヴ・クリスティ(いう゛・くりすてぃ)―――お嬢様。
群裂朱璃――――――――メイド。
鳥居陽菜――――――――――同級生。
常盤知佳――――――――――同級生。
常盤大夢―――――――――同級生。
九郎原道典―――――担任教師。
烏丸紫苑――――――――保健医。
矢曽崎壊丸―――――管理人。
倉永栄光―――――――犯人。
一ノ宮嘉穂―――――――情報屋。
「孤独について語ろうか、嘘吐き」
孤影という名の影に隠れ、孤立という名の立ち方を選び、孤独という名の毒に蝕まれながら死んできた少女は言った。
孤独。それは誰もが感じた事があり、誰もが感じたくない感情。隣に誰かが居ても感じてしまう不思議な感傷。愛や人間関係を語る際には必ず登場するこの言葉は、誰もがよく知っているはずだ。
本当の孤独なんて世界中の動植物が絶滅でもしない限り有り得ない。しかし、ふと夜道を歩いていた時や一人暮らしを始めた時、病で寝込んだ時、学校の卒業式の時など些細な事や重大な事など関係なく、どんな理由が有ろうと無かろうと人間なら誰しも必ず感じてしまう感情。孤独とはそんな身近な感情だ。
その孤独について、少女は語る。
「人間はひとりぼっちになりたくないはずなのに、ひとりぼっちを意図的に、仲間外れを意識的に作る。誰もが孤独という猛毒で他人を殺す殺人者だ」
少女は孤独で殺された。
少女は孤独で犯された。
少女は、ひとりぼっちだった。
だからこそ少女の言葉には簡単に反論を許さない確かな重みがあった。何年も共にあり、友であり続けてきた感情を語る言葉には重ねてきた絶望が感じられ、軽薄に口を挟む事を躊躇ってしまう。
しかし、だからと言って黙って聞き続ける程に僕は素直で可愛らしく空気の読める人間ではなかった。寧ろ真逆だった。
だからこそ、僕は少女に問い掛けた。
「ねえ、毒吐き。今時悲劇のヒロイン気取りなんて流行らないよ。自称悲劇のヒロインの一番の悲劇はそう感じてしまう心だって知ってた?」
茶化すように、くだらない事だと教えるように、意地悪く笑いながら言葉を紡ぐ。
けれども少女は答えない。それが自然であるように、それが当然であるように、笑いもしないし怒る気配もない。ただ僕と視線を合わせ続けるだけで、何も言おうとしない。何も言わない。
絡み合う視線。沈黙が続く。世界から音が消えてしまったかのように錯覚してしまう無音の時間が僕達を支配する。
そんな支配から最初に音を上げたのは、やはりというか僕だった。降参するように両手を上げて溜息を吐き出す。それを見て少女はしてやったりと笑った。
「孤独について語ろうか、毒吐き」
僕は情けない声で言った。
会話は再開される。孤独の話は続く。僕達はまだ孤独について語り合う。それを終わらせるタイミングは先程誤った。
だからこのお話は少女が満足するまでは終わる事はない。
「私は孤独をよく知っている」
少女は得意げに語り出す。
「孤独は人間を一番苦しめられる毒薬だ。無自覚にばらまかれ、無意識に受け取り、無邪気に笑い、無差別に差別され、無作為に作られる。孤独を愛せる人間なんて存在は物語の中にしかいない。孤独は人体に有害で有毒だ。まさに《孤毒》だな」
その通りなのだろう、と僕は思う。
自分がされたら嫌な事を他人にしてはいけません、なんて教えを忠実に守れる人間など老若男女一人もいない。誰もが自分の欲望に忠実に生き、誰もが自分の欲求に忠誠を誓い、誰も彼もが自分の為に、自己の為に行動している。
自分の為に生まれ、自分の為に死ぬ。
どんな善人も自己中心的で、どんな聖人も自分勝手で、自分がやりたい事をやりたいように生きているだけだ。本心から他人の為に生きている人間なんて想像上の世界にしか存在しない。人間は己の為に生きているから人間で、だからこその人生でしかないのだ。
それが人間の作る社会の構造だ。
それが人間の作る世界の構成だ。
だからこそ、孤独は生まれる。
だからこそ、孤独で蝕まれる。
僕達の生活は孤独と隣り合わせだ。人間が人間である限り、感情が存在し続ける限り、孤独は必ず誕生する。
人間と孤独は切り離せない。
だけど、僕は知っている。
孤独の反対を知っている。
「なあ、嘘吐き。それでもお前は人間が好きなのか? どんな人間もどんな行為も全てを全て愛し続けていくのか?」
愛さず愛されず死んできた少女の問い掛けに、愛し愛されて生きてきた僕は「もちろんさ、毒吐き」と、答えを返した。
それしか答えられなかったし、それしか答える気はなかった。
僕は人間を愛している。
善人も悪人もどちらも愛している。
善行も悪行もどちらも愛している。
愛されても裏切られても、生かされても殺されても、人間が関わるなら僕はどんな行為も愛しきってみせる。自分の感情も他人の感情も、それを感じられるなら最後には後悔しない。どれだけの狂気や凶器で傷付けられようと、僕から人間への愛情を奪う事は出来ない。
僕は永遠に人間を愛し続ける。
僕に人間を愛さない選択肢はない。
僕が僕である限り、人間が人間である限り、それは変わる事はない。
偏愛にして狂愛。それが僕の愛。
だから僕は孤独を感じない。
「しかし、愛は与えた分だけ与えてもらえる訳ではないだろう? 片想いの美しき乙女心と浮気性の醜き男心。母性溢れる母親と反抗期の子供。神を愛する者が神の寵愛を授かった、という話も妄想以外には有り得ない。それに求めた質の愛が返ってくるとは限らない。愛なんて無駄だ。愛するなんて無駄な行為だ」
それでも僕は人間を愛する。
それでも人間は人間を愛する。
無駄で無価値で無意味な行為だとしても構いはしない。愛したいから愛するだけなのだ。愛に見返りを求めるという行為がそもそもの間違いなのだ。
無条件に愛を。無限大な愛を。
無造作に愛を。無制限な愛を。
無責任に愛を。無防備な愛を。
愛は求めるものではない。
愛は与えるものなのだ。
そして愛はいつの間にか与えられていて、それに気付けない者が孤独なのだ。
どんな人間も誰かに愛されている。
どんな人間も誰かに求められている。
「だから孤独なんて存在しない、か」
少女の小さな呟きに僕は大きく頷いた。少女は不愉快そうに鼻を鳴らし、僕は愉快に鼻唄を歌った。
人間は愛されている。
人間と孤独が切り離せないように、人間と愛も切り離せない。人間は愛と繋がっている。愛で繋がっていなくても愛と繋がっている。愛は孤独よりも死よりも身近に寄り添い、隣り合っている。
僕はそれを知っている。
実際に今回起きた事件だってそうだった。結局愛なんてのはすぐ傍に転がっていたのだ。幸せの青い鳥のように、本当は気付かなかっただけでそこにあったのだ。
僕が何もしなくてもそれは見付かっただろう。だから僕の行為はきっと無駄だった。それどころかある人の好意からの目論みを妨害してしまったので、寧ろ邪魔な存在だったのだろう。毒吐き少女の物語に嘘吐き少年は必要なかったのだ。
だけど、起こった事は変わらない。現在は過去には干渉出来ない。だから僕が今更どんな事を考えてみても無駄で無価値で無意味でしかないのである。
僕はそれを分かっているし、後悔も全くしていない。自分勝手で自由気ままに自分らしく自己満足の為に自己中心的な考え方でやりたいようにやっただけだ。やりたいようにやって、やりたいように出来て、それで後悔などしない。僕は今回の事件の事について後悔も反省もしていない。
後悔も反省もする気がない。
殺した事も。隠した事も。
壊した事も。解した事も。
潰した事も。失した事も。
愛した事も。覆した事も。
僕は全く気にしていない。気にする必要性を感じていないし、きっとそれは限りなく正しいのだろう。僕の行いは他人から見れば正義の味方だったのだろうし、少し脚色してみれば物語の主人公のような活躍だったのかもしれない。
しかし、僕はそれを誇る気もない。
あれはただの平和な日常の一部で、些細な出来事でしかなかった。
今回の事件について言うならば、
嘘吐き少年が毒吐き少女を騙した。
ただ、それだけだった。
今回も僕は嘘を吐いた。
ただ、それだけの事だったのだ。
ここまで読み上げて下さいまして真にありがとうございました。引き続き読み続けて頂けると嬉しいです。
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