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赤迷宮に惑いて 2

 ユズリが札に構わず暖簾の後ろの引き戸に手をかけると、遊佐がやっと口を開いた。

「休業って書いてあるのにいいのか?」

 常と変らない抑揚の薄い声。少なくともユズリには特に変化は感じられない調子で遊佐は聞いてきた。

 やはり気にしすぎだったのか、それとも遊佐も気を遣ってくれているのかはわからないが、ようやく二人の間にあった重い空気が幾分軽くなった気がした。

 ユズリは引き戸に手をかけたまま遊佐に振り返って答えた。

「お父さんが来ているから休業にしているだけよ。さっきそういう噂が聞こえてきたの。多分、お父さんも真赤姫の持っていたっていう刃物について八卦院の意見を聞きに来たんだと思う」

「ああ、管理者が」

「あんなおっさんでも一応冥府の役人だからね。ましてや正体不明の辻斬りの持っている得物が自分の此岸の物だって言うなら、自分の目で確かめないといけないでしょ。さ、行くわよ」

 ユズリは勢いよく引き戸を引くと、中には大きさも用途も様々なありとあらゆる金物が置かれた店内が広がる。だがあるのは金物ばかりで誰もいない。仕方なくユズリは奥へと進み出した。遊佐も黙ってその後をついてくる。

 やがて店と奥の座敷とを隔てる障子の前に、紳士物の革靴が並べられているのが目に入った。ユズリは革靴の前で立ち止り、障子の向こうへと声を張り上げた。

「八卦院、お父さん! いる?」

 その声に応えるように、障子が少し開いた。

 そこから覗いたのは雪のような白髪に黄金色の瞳の十歳ほどの少年。町での名を八卦院という、この金物屋の店主だ。

「ユズリか。それに鉄砲打ちの小僧も」

 八卦院はユズリ達の姿を目にすると、障子の奥に向かって声をかけた。

「おい、シノ。お前の娘とその連れが来たぞ」

 するとさらに障子が開き、人の好さそうな顔立ちの四十ほどの男が顔を出した。

「何だ、ユズリ。遊佐君まで。どうかしたのかい?」

 この常に柔和な笑顔を浮かべる男こそ、冥府から町の管理を任せられている管理者だ。町での名をシノといい既に故人ではあるものの、ユズリの実父でもある。

「どうしたも何も。私達も真赤姫の情報を貰いに来たのよ」

「何だ。ユズリも真赤姫捕縛に乗り出すのかい? あれなら折継君や六条(ろくじょう)が張り切っていたからお前の出番はないかもしれないよ」

「なっ! あの二人相手ならますます負けられないじゃない! ……ってそれよりも! お父さん、その真赤姫のことで話があるんだけど」

「ああ、だったらユズリはそこで少し待っていなさい」

 シノはにこりと笑ってユズリの後ろに立つ遊佐へと視線を向けた。

「遊佐君。ちょっと話があるんだがいいかい?」

 遊佐は少し黙ってから頷いた。

「はい」

「では少し外へ出ようか」

 シノは座敷から出てきて革靴を履いた。

「ちょっと待ってよ。私はここで待っていろってどういうこと?」

 抗議の声を上げるとシノは有無を言わさぬ迫力のある笑顔を向けた。

「お父さんは遊佐君と大事な話があるんだよ。だからユズリはそこで待っていなさい。話なら後で聞くから」

「だから何で私だけ除け者なのって聞いているの! こっちだって遊佐のことで大事な話があるんだから! 私に遊佐のことを任せたのはお父さんでしょ!? 遊佐、あんたも何か言いなさいよ!」

 納得いかずに声を荒げても、シノはユズリのことなどまるで無い物のように遊佐と共に金物屋を出て行った。

「っ何なのよ! このクソオヤジに能面野郎!」

 苛立ち任せに戸の向こうに怒鳴りつけたユズリに、八卦院は呆れたように声をかけてきた。

「落ち着けって。シノの奴にも都合があるんだろ? そう苛々するなよ。ほら、茶でも淹れてやるから上がっていけ」

 そう言って障子の向こうから手招きしてくる。

「……わかったわよ」

 ここへ来たのは八卦院と話をすることも目的の一つだったのだ。余計な茶々を入れてくるシノがいない分、むしろじっくりと話をできるかもしれないと思い、ユズリは靴を脱いで座敷へと上がった。

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