終幕のための開幕 6
「この絵が正しいのなら……この絵に描かれた着物や脇差や、顔立ちが間違いでないのなら、俺が探していたのはこいつに間違いない」
「……そう」
「真赤姫、か。随分似合いの名をつけられたものだな」
もう一度人相書きに視線を落とし、呟くように遊佐は言った。
「あんたは、どうする? 冥府が捕縛令を出した以上、もう私やお父さんの一存では真赤姫を庇うことは出来ない。捕縛され次第、冥府に連行されて裁きを受けることになると思う」
顔を上げない遊佐にそれ以上言うことは躊躇われたが、ユズリは深く深呼吸して意を決し、口を開いた。
「他の誰かが捕縛したのなら、恐らくあんたはこの先真赤姫に会うことは出来ない。捕縛した後に少しでも会いたいと言っても受け入れられることはないと思っていい。そして捕縛されれば、恐らく真赤姫は極刑……魂の滅絶が刑として執行されると思う」
遊佐は黙っている。長い睫毛を伏せ、本当に人形になってしまったかのように静かに。
ユズリは遊佐と真赤姫と呼ばれる彼女の関係を知らない。
ただ遊佐は探しているとだけ言って、この町に来た。ユズリもそれ以上追及しなかった。彼と迷子がどんな関係であろうと、他人であるユズリが関知すべきことではないと考えていたから。
迷子という表現上、恐らく遊佐の探す者は生死の境にある者……あるいは死者なのだと思っていた。
そういう迷子は決して少なくはない。自分が死んだことに気付かず町に迷う者、生死の境をさ迷いながら町に迷い込んだ者……ユズリもそういう迷子には今まで幾度か会ってきた。
だが迷子が辻斬りとなり、第一級犯罪などという重罪を犯すなど聞いたこともない。
「遊佐」
呼びかければ、遊佐は顔を上げユズリを見た。いつもと同じ無表情に、いつもと違う何かを滲ませて。
「……聞いてもいい? あんたにとって真赤姫っていうのはどういう存在?」
残酷な問いかけかもしれない。
けれど聞かずに、彼らの事情を何も知らずに真赤姫を捕縛するということが、今のユズリには出来そうにない。少なからず縁あった相手がずっと探していた存在を、躊躇なく捕縛する自信がない。
「もしかして、心配してくれていたりするのか?」
遊佐は少し目を丸くして、そう返してきた。
反射的にユズリは顔を背け、早口にまくし立てた。
「っ私はそんな優しい人間じゃないわよ! ただ、この町では重罪人でもあんたは保護したいとか考えていた存在だったなら、あんたは捕縛するのに役立たないでしょ! そうしたら私一人でやらなきゃいけないんだから、そうならそうと言っておいてっていうだけで……!」
「そういう心配ならいらない」
それは抑揚のない声だった。
遊佐を見上げると、彼はその表情を崩すことなく、声にも表情にも一片の感情を覗かせることなく言った。
深い色合いの硝子玉のような双眸がまっすぐにユズリに向けられる。
「俺はあいつを保護するために、あいつを探していたんじゃないから」
静かな声が、体温などどこにも感じられない声が告げる。
「保護するためじゃない。俺はただ、けりを付けるために探していたんだ」
人形のような顔が、感情の伴わない、無機質な声を発した。
「あいつは、俺の家族を殺した相手だから」