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終幕のための開幕 5

「お待たせ致しました、ユズリ殿」

 その声がすると同時、箪笥の引き出しが一つ飛び出してくる。中には豪奢な造りの太刀が一振り。

「そちらの刀でお間違いありませんか?」

 ユズリは太刀を手に取ると、しげしげと上から下まで眺め、鞘から引き抜いた刀身も確認してから大きく頷いて答えた。

「うん、大丈夫。ありがとう」

「いつもご利用有り難うございます。お二人とも、お気をつけて行ってらっしゃいまし」

 ハシキの明るい声を背に、ユズリは遊佐と連れ立って預かり所を後にした。

「ああ、やっぱり刀を手にすると、町を歩いているって気になるわ」

 左手に太刀の重みを感じながら歩くと、ようやく少し気を楽にして町を歩けるようになる。

「さすがの私もね、丸腰でそこらのゴロツキ相手にしようとは思えないわけよ」

 先日手にしたばかりの太刀は、ユズリが以前から目をつけていた代物だ。刃紋(はもん)から鐔の装飾、柄や鞘に至るまでこれ以上ないほど好みの代物だったのだ。一度は折継の手に渡ったものだが、彼の気まぐれのおかげで件の太刀はこうしてユズリのもとにやってきた。

 折継のお下がりというのは気に入らないが、実際にこうして手にしてしまうとそんな些事はどうでもよい気になってくる。

「この刀はもともとものすごーく私好みの外観なんだけど、実際に使ってみるとこれが運命の出会いって言うんじゃないかというくらい使いやすいし」

「その結果、刀狩りの番付も上がりましたってか」

 無感情な遊佐の言葉にユズリは顔をにやけさせる。

「こんなに使い勝手も装飾も好みの刀だもの! 刀狩番付で折継のバカを下すくらいしなきゃ、この刀に失礼じゃない!」

 力説すると、遊佐は少し引いたように呟いた。

「……前から思ってはいたが、ユズリは刀マニアなのか?」

「何よ、悪い?」

「いや別に……ただ刀の話になると、いつもとノリが違うよなーと」

「当然よ!」

 刀の、特に日本刀の美しさは芸術の域だ。

 少しずつ異なる刃紋の多様性、研ぎ澄まされた刃の幽玄の美、そして危ういまでの鋭さもさることながら、鐔や柄、鞘の細部にまで職人が妥協なく己の業を振るう。

「こんな芸術を前に、興奮しないわけがないじゃない!」

 拳を握りしめながらそう力説すると、遊佐は「はぁ……そうなのか」とつまらない返答を寄越したきり黙った。

 自分から聞いてきたくせにその反応は何なんだと怒りたくなったが、刀の話で思い出した。

「そうだ遊佐。これを見て」

「何だ?」

 遊佐に差し出したのは先程読売からもらった人相書きだ。

 人相書きに視線をやりながらも最初は気のない風だった遊佐の表情が少しずつ強張っていくのがわかった。

「それは今、町で魂の滅絶っていう第一級犯罪を重ねている辻斬りの人相書き。人相書きって言うよりは絵姿だけど。下手人の素性は全くの不明で、被害は恐らく町の歴史に残る規模。調査に冥府から役人も派遣されているし、代表者達にも捕縛令が下ったそうよ」

 遊佐は人相書きを目にしたまま答えない。

「下手人はその赤い着物を着ていたっていう外見くらいしか手掛かりがなくて、町では真赤姫って呼ばれている。冥府は真赤姫の捕縛に本腰を入れ出して、真赤姫の捕縛に限り、代表者達に魂の滅絶を許可したそうよ」

 じっと人相書きを見ていた遊佐が顔を上げた。

 その表情はやはり人形のようで、何の感情も窺えない。無表情のまま、遊佐は静かに口を開いた。

「こいつだ。俺が探していたのは」

 静かな、不安になるほど静かな声で遊佐は言った。

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