これにて幕 3
シノは難しい顔をして、善処はしましょうと短く言った。
恐らく智恵子のその願いを叶えることは難しい。過去に例を見ない大罪人の裁決が下るまでの処遇だ。規律に厳しい冥府が、まして罪人の管理に関してとなればお目零しなどまずあり得ない。
いかに町の管理者と言えど、冥府の規律や決定事項を翻すことはそうそうできない。何よりシノは情に流されることなど決してない、自らの務めにおいて冷淡なまでに公正な人間だ。例外など認めるはずがない。
娘であるユズリはそんな父親の性質をよく知っている。それ故に管理者という地位を得たこと、得たからこそより一層その性質を貫こうとしていることを。
だからこれ以上、智恵子のこともシノのことも見ていることできなくなってしまった。
罪の向こうに救いなんてものがあるとも思わないが、こうして終結しても後味の悪さが拭われることはない。
好意的に解釈するなら多分シノはそれを予測し、ユズリに余計なことは知らせずにこれ以上この件に関わらせないようにしたかったのだろう。ユズリは少なからず遊佐に情を移していたし、そんな相手の救いのない結末などできるなら見たくはない。それが現実であろうと、まだユズリはそこまで割り切ることができない。
もしかしたらただ単に詳細を知る代表者でもない上、足手まといだからと切り捨てられただけという可能性もなくはないが、少しくらいは父親を信じたいものだ。
少し視線を横に移すとそこでは二人の男が向かい合っていた。
ユズリが遊佐と呼ぶ男と、その持ち主だという遊佐徹。服装こそ違えど、鏡に写したように同じ二人。顔も背丈も全く同形だ。
けれど一方はほとんど無表情に近く、もう一方は何だか複雑そうに薄らと微笑んでいた。
「聞いてはいたけど、本当に僕にそっくりだ」
その声も遊佐と同じだが、ユズリが知る声より随分柔らかな印象を与える。
姿形こそ同じでも、内面は随分違うらしい。
人形のように整った容貌はどこか冷たく近寄り難くもあるのに、徹はその雰囲気や表情がその冷たさを緩和させている。
徹は一歩、同じ顔をした人形へと歩み寄った。
「喋れるんだって?」
遊佐は主の言葉にぎこちなく頷いた。
「……はい」
「そうか。残念だったな。もっと早くに君が喋ってくれれば、もっとたくさん話をしたかった」
「……申し訳ありません」
軽く頭を下げた遊佐に徹は困ったように笑う。
「責めているんじゃないよ。ただの僕の我がままだ。聞き流してくれていい」
そして徹はふと何かに気付いたように遊佐の左耳へと手を伸ばした。
「ピアス? ここは僕と違うね」
確かに徹は両耳ともピアス穴が開いている様子はない。外見での唯一の違いかもしれない。
徹は不思議そうに首を傾げてから声を上げた。
「あ。もしかしてこれ、ピアスじゃなくて昔僕がつけた傷だったりする? 君を落としてしまって小さな傷がついたところを接着剤で塞いで誤魔化した時の」
「……そのようです」
少しの逡巡の末に遊佐は頷いた。
それを見て徹は眉を下げた。
「そうか。あの時は本当にすまなかった。おばあ様に君をもらって浮かれていたんだ」
どう見てもピアスにしか見えなかったが、実際は傷を塞いだ接着剤だったのか。人間の形になるにあたって人として不自然な部位はそれらしく見えるように無意識下で調整でもしたのかもしれない。
徹は柔らかに笑って遊佐を見た。
「子供の頃とはいえ乱暴な扱いをしたりもしたのに、ずっとそばにいてくれてありがとう。長いこと伏せってばかりの人生でろくに友達もいなかったけれど、君がいてくれて随分と救われた」
遊佐は何か言いたげにしたが、結局そのまま黙って頭を下げた。