これにて幕2
「……終わったか」
折継は智恵子の足下に落ちた脇差を見て大きく息を吐いた。そして気が抜けたようにその場に座り込んだ。コートに染み出た血は先程よりも範囲が広がり、顔色は青白い。
ユズリが思うように折継の怪我は酷いのかもしれない。
「医家を呼んであげるからそこで横になってなさいよ」
「別にこれくらい大したことねーさ。少し休んだら勝手に自分で手当てするし。ユズリこそさっさと手当てしてもらっとけよ」
「それこそ大した傷じゃないわよ。放っておけば勝手に治るわ」
「二人ともそう意地を張っていないで、大人しく医家に診てもらいなさい」
柔らかな声にユズリと折継は揃って顔を上げた。
「お父さん」
「師匠」
二人の声にシノはにこりと笑った。
「冥府で医療班を要請しておいた。じきに到着するだろうからもう少し大人しくしていなさい」
しばらく前にケンカ別れしたはずの父から目を逸らし、ユズリは小さく言う。
「だから私は大した怪我じゃないってば」
「それは医療班が判断することだよ。……まったく無茶をしたね。だからお前はこれ以上関わるなと言ったのに」
呆れたように言って、シノはユズリの頭に手を置いた。
「あまり心配をかけるんじゃない」
「……何でお父さんは変なところで過保護なのよ」
心配してくれたことへのありがたさと子供扱いされたことへの不満とが入り混じり、どんな顔をしていいのかわからない。
シノの顔を見られないまま、ユズリは口を尖らせた。
すると智恵子は真赤姫だった人形を抱きしめてユズリと折継の前へとやってきて深く頭を下げた。
「この度はこの子が大変なことをしでかしたと伺いました。お詫びして済むような話ではありませんが……本当に、心よりお詫び申し上げます」
「別にあなたに謝ってもらうことじゃないですよ、大奥様」
折継は軽い調子で答えるが、智恵子は唇を噛みしめて首を横に振った。
「いいえ。この子は私のためにと多くの人を傷つけたと聞いています。私の子や孫達……それだけでなく無関係なあなた方にまでこのような怪我を負わせてしまって……」
「あなたのためという大義名分の下に殺戮を繰り返したのは真赤姫、じゃなくて紅子か。全ては彼女が犯した罪だ。あなたがそう気に病むこたぁないです。ただ」
折継はちらりとシノを見た。
「その紅子はこれから冥府でこれらの罪の裁きを受けなければならない。ですよね? 師匠」
シノは小さく頷いた。
「そうなるね。元々曖昧な存在の付喪神といえど、彼女の犯した罪は軽いものじゃない。冥府では重い裁きを下すことになるだろう。……ほぼ間違いなく極刑。魂の滅絶が科されるだろう」
智恵子の表情が曇った。
それでもシノは淡々と続ける。
「智恵子さん。冥府へ護送した後、彼女は冥府の裁決を受けるまで厳重な管理下に置かれることになる。そして裁決が下ればすぐに刑は執行されるでしょう」
「そう……ですか」
人形を抱きしめ、智恵子は目に涙を溜めてシノを見た。
「シノさん。どうかこの子の最期の瞬間まで側にいさせてはくれませんか? この子の罪を思えば勝手が許されるとは思いませんがですがどうか……私も紅子と同じ罰を受けても構いません。ほんの少しでも長くこの子の側にいたいのです」