終幕のための開幕 4
遊佐も最初に町に足を踏み入れてから一日も休みなく町に通ってくる。今日がその例外となる日でなければだが。彼とは特に待ち合わせをしているわけでもないのだが、大抵彼は大通りか橋の付近の預かり所にいる。
預かり所はその名の通り、この町の物を此岸に持ち出さないために町で得た私物を次に町に戻るまで預かってくれている場所だ。冥府直轄であるため対価を求められないのもありがたい。
ユズリは町で得た玩具や武器の類、最近は不本意ながら折継からもらった太刀も預けている。同じく遊佐も火縄銃と火薬等武具類を預けている。
今日はつい瓦版に目が行ってしまったが、本来なら町に入って一番に行くべき場所だ。何しろ預かり所に行って武器を手にするまでは、こんなにも危険な場所を丸腰で歩かなければいかないのだから。たとえ大通りと言えども、どこにどんな危険な輩がうろついているかもわからない場所なのだ。さすがのユズリも武器なくしては大きな顔をして町を歩こうなどは思えない。ましてこれから冥府も危険視するような輩を相手にしなければならないのなら。
ユズリがいつも使用している預かり所は、いつも此岸と町とを行き来している橋の側の小さな店だ。「預」とだけ書かれた暖簾を潜ると、天井まで壁一面に箪笥が置かれているだけで他には何もない、決して広くはない屋内に先客が一名あった。
「遊佐」
ユズリが声をかけると先客は振り返り、ややあってから「ああ」と無感動な声を上げた。
「もう来ていたのか」
「まぁね。あ、ねぇ。あんたは今日の瓦版を見た?」
「いや」
遊佐は無表情に首を横に振った。
遊佐の顔の造作は人形浄瑠璃の頭のように整っている。その上彼はあまり感情を表に出す性質ではないのかあまり表情を崩さず、それが余計に人形めいた印象を与える。左耳に一つだけ開けられたピアスだけが唯一、その人形めいた印象から浮いているくらいだ。
「刀狩りの番付でも出ていたのか? 好きだな、本当に」
少しばかり呆れたように遊佐は言ってきた。
「違うわよ。刀狩りは確かに好きだけど。そうじゃなくてあんたにとってももしかしたら重要な……」
「お待たせ致しました!」
ユズリの声は妙に明るい声によって遮られた。
明るい声だけははっきりと聞こえるが、その声の主の姿はどこにもない。今屋内にいるのはユズリと遊佐だけだ。
だが声ははっきりと屋内に響く。
「遊佐殿から預かりましたお荷物は改造火縄銃が一挺、火薬が二袋、弾丸が一袋。間違いはありませんか?」
「ああ、間違いない」
箪笥のほうを向いて遊佐が答えると、壁一面にある箪笥の引き出しの一つが飛び出すように開いた。中には遊佐の荷物が一式。
遊佐が確認するように一つ一つ手に取っていくのを横目に、ユズリも箪笥へと声をかける。
「私も荷物を受け取りたいんだけどお願い」
「ああ、ユズリ殿。本日はどのお荷物を必要とされますか?」
やはり箪笥から声が返ってくる。
「太刀を一振り。牡丹と蝶の細工の鐔のもの」
「承知致しました。少々お待ち下さい」
そして声が聞こえなくなる。
静かになった屋内、隣で荷物の確認を終えたらしい遊佐がぽつりと呟く。
「いい加減慣れてきたけど、何と言うか……物凄いよな。箪笥が受付って」
「箪笥って言うんじゃないわよ。ハシキは姿こそ箪笥だけど、一応彼女も女性なんだから失礼な言い方するんじゃないわ」
預かり所の番人、ハシキはこの屋内の壁一面にある箪笥そのものだ。
さすがに姿かたちは箪笥なので自分で歩いたりはできないが自我を持ち、会話をすることもできる。そしてその性別は女らしい。
荷物を預ける時は名前を告げれば丁寧に応対し、屋内においておけばいつの間にか箪笥の何処か……ハシキの内部らしいのだが、そこに収納されている。そして受け取る時も名前と必要な荷物を言えばやはり丁寧に応対した後、いつの間にか屋内にその荷物が置かれている。
確かにユズリ自身、当初はかなり違和感のあった光景だったがハシキは町では珍しいくらい善良でよく気も効くため、他人の好き嫌いの激しいユズリも彼女には好意を持っている。