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これにて幕 1

 シノは穏やかな声で言った。

「こちらは遊佐智恵子さん。そしてお孫さんの遊佐徹さんだ」

 智恵子と徹がそれぞれ軽く頭を下げた。

「御方様、御方様っ」

 立ち上がることもできず、手を伸ばすこともできない真赤姫はただその場で涙を流しながら叫ぶ。

「……紅子なの?」

 智恵子はゆっくりと真赤姫へと歩み寄った。深い皺の刻まれた手をそっと真赤姫へと伸ばす。

「本当にあなたなのね。シノさんに伺ってはいたけれど、まだ信じられないわ……」

 智恵子は真赤姫の乱れた髪を撫でながらそっと微笑んだ。

 それを目にした真赤姫の両目から涙が溢れ出す。

「御方様……」

「こんなに傷ついて可哀想に……私のせいで貴女にも辛い思いをさせてしまったのね」

「いいえ、いいえ。御方様、私は辛くなどありません。御方様がおられれば辛いことなど何一つありません」

「紅子」

「もう貴女様にお辛い思いなどさせません。御方様が憂いなく日々を過ごせますよう、紅子が御方様のお好きな赤をたくさんたくさんお見せ致します」

 智恵子の顔が悲痛に歪む。

「紅子。もうそんなことはしなくていいの」

「御方様……何故そんなお顔をなさるのですか? 私が御方様のためにして差し上げられることなど他にないのです。赤をお持ちする以外、私には何もないのです。それを許して頂けなければ私は一体どうしたらよろしいのですか?」

 真赤姫は怯えたような表情で智恵子を見上げた。

 智恵子は両腕を伸ばし、真赤姫を抱きしめた。

「貴女は孤独だった私といつだって一緒にいてくれた。それだけでいいの。だからもう、一緒に逝きましょう」

「一緒に……お屋敷へと帰るのですか?」

「いいえ」

 智恵子はゆっくりと首を横に振った。

「私は既に死んだ身。今の私が行くべきは冥府なの」

「そんなっ……御方様は泣くなってなどおられません! そんなもの、他の者達の妄言です!」

 智恵子自身の言葉をもってしても真赤姫は否定する。

「全部嘘です、御方様は生きておられます……もう御方様を傷つける者のいないお屋敷へ一緒に帰るのです……」

 涙に顔を歪ませながらも真赤姫はまるで自身に言い聞かせるように訴える。

 きっと本当はもう理解しているのだろう。智恵子の言葉が真実なのだと。他の誰の言葉でもない、彼女にとって絶対の主である智恵子の言葉だ。最初から受け入れる以外の選択肢などないのだろう。

 それでも言葉の上でだけでも認めることはできないのか、したくないのか。真赤姫はそんなことはないとうわ言のように繰り返していた。

「紅子」

 智恵子の嗜めるような静かな声に、真赤姫は唇を震わせながらも口を閉ざした。受け入れ難い現実を何とか受け入れようとするかのように顔を歪ませ、静かに涙を流しながら。

「紅子……ずっと私の傍にいてくれてありがとう。貴女のしたことは許されることではないけれど貴女がいてくれて、私はとても救われました」

 智恵子の両目から涙が零れ落ちる。真赤姫を抱きしめる両手は小刻みに震えていた。

「私の味方でいてくれてありがとう」

「……っ勿体ないお言葉でございます。御方様」

 しゃくりあげながら真赤姫は答えた。そしてその顔に初めて柔らかな笑みを浮かべると、その姿がまるで幻のように揺れた。気付けば智恵子の腕の中には小さな日本人形が抱かれているだけだ。綺麗に結われていたのであろう髪は乱れ、白い顔にも手にもいくつも傷や亀裂が入っている。身につけている豪奢な刺繍がされた赤い着物もまたあちこち破れて襤褸のようになっている。

 ボロボロだがその人形はとても綺麗な顔をしていた。確かにこの人形が真赤姫だったのだとわかる顔立ち。その顔はやはりユズリの知る遊佐にとてもよく似ていた。

「お帰りなさい……紅子」

 智恵子はその人形を抱きしめて肩を振るわせた。

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