泡沫ビト 5
「……お前は」
遊佐は理解し難いとでも言うように眉を顰めた。
「諦めろよ。お前だって一ヶ月もユズリと行動したんだ。こいつには何を言っても無駄ってわかってんだろ? 突撃し出したイノシシは止められねーよ」
折継は自分のコートやらジーンズやらのポケットというポケットに手を突っ込みながらそんなことを言う。
「失礼なことほざいてるんじゃないわよ、折継。だいたいあんた、さっきから人任せにして何してるのよ?」
「いや、一応仕込んでおいた銃器の類を……あー駄目だ! さっき吹っ飛ばされた時に根こそぎぶっ壊れてる! 八卦院の野郎! 耐久性ないにもほどがあるだろうが!」
どう見てもポケットに納まるサイズではない筒がひしゃげてしまったり、真っ二つに折れてしまったりしている無数の火縄銃を地面に叩きつけながら折継は遊佐を見た。
「遊佐。お前今、火縄銃持っているか?」
「小型の物なら一応」
そう答えた遊佐の袖口からするりと落ち、まるで暗器の様に小型の火縄銃が彼の手に納まる。
「十分だ。じゃあこれを上に向けて撃て」
折継は何かを遊佐へと放り投げた。左手でそれを受け止めた遊佐は眉を顰めた。
「……これは?」
ユズリも彼の手の中にあるそれを覗き込んでみた。
そこにあるのは赤や黄、青などの原色系のマーブル模様の丸薬だった。見たことのない物体にユズリも眉を顰め、説明を求めるように折継を見た。
だが折継は説明している暇も惜しいとばかりにまだ黒一色の空を指差す。
「いいから早く撃て。時間が惜し……」
折継の目が見開かれたと思った瞬間、ユズリの視界を赤が過った。そして左腕に鋭い痛みが走り、服が裂け、赤が飛び散る。
ユズリは血が流れる左腕を庇い、背後に跳んだ。
「――無駄なお喋りをする余裕があるのなら赤を頂戴」
今し方までユズリがいた場所には折れた両腕をだらりと垂らしながらもしっかりと脇差を握る真赤姫の姿があった。
「うお、怖ぇ。怪談の主役を張れそうだ」
折継は軽口めいた調子で呟きながらコートのポケットから新たな脇差を取り出した。
「あんたのポケットは二十二世紀の秘密道具か何か?」
ユズリは左腕の痛みを無理やり意識の外に追い出し、改めて両手で太刀を握った。
「だったら夢があっていいよな。……おい、遊佐! マジで急げ! 俺もユズリも手負いだ、そんなにいつまでも持つ保証はないからな!」
「今やっている」
丸薬を詰め終えたらしい遊佐は火縄銃を構え、上空へと向けた。
「……何をわけのわからないことをしているの?」
ぼろぼろの赤い衣が舞い上がり、真赤姫は遊佐へと向かった。
それをユズリの太刀と折継の脇差が防いだ。真赤姫の衣が裂かれ、乱れた髪は一筋切り落とされる。
「また御方様に頂いた着物を……!」
血走った眼がユズリと折継を捕らえる。
「はっ。そんなボロ切れ、今さらちょっと切られたくらいでがたがた抜かすなよ。そんなゴミみたいになったら着物なんて呼ぶのもおこがましいぜ」
折継の露骨な挑発に真赤姫は奇声めいた咆哮を上げ、ユズリと折継へと無茶苦茶に刃を向けてきた。
真赤姫から注意が逸れた遊佐はその隙に銃口を真っ暗な空へと向け、引き金を引いた。
耳をつんざくような爆音と共に、火薬の匂いと鮮やかな赤や黄色の煙が辺りに立ち込める。
錆びた刃を防ぎながらユズリは折継を横目に見る。
「ちょっと、何よこの煙」
視界を遮るほどの量ではないが、遊佐が撃った上空にまで色鮮やかな煙が立ち上っている。
「幕引きの準備だよ」
「はぁ?」
相も変わらず何を言っているのか理解し難い男だ。