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泡沫ビト 2

「俺達は今の此岸に在っていい存在じゃない」

 遊佐は自分の片割れとも言うべき彼女を前に口にした。

 糸に縛られたまま、真赤姫は厳しい目を遊佐へと向けるも何も答えない。

「管理者に言われた。俺達のような曖昧な存在は此岸に混乱を招く。だから冥府へ行けと」

「冥府へ行く?」

 ユズリは遊佐の言葉に声を上げた。

「何言っているのよ? 冥府は死者の世界よ。死者の魂への処遇を裁決する場所。あんたは付喪神とは言え、立派に生きているじゃない」

「けれどこのまま此岸に戻ってもどうしようもないことくらいお前だって分かるだろ? だから管理者は俺達にあらゆる魂を管理する冥府へ行き、今後の処遇を問えと言われたんだ」

 そして遊佐は僅かに眉根を寄せ、真赤姫へと目を向けた。

「特にお前は此岸でもこの町でも随分多くの罪を犯した。犯した罪は償わなければならない」

 その視線を受け、真赤姫は酷く不快気に眉を顰めた。

「あれらは御方様にとって有害でしかなかった。駆逐すべきだった。そうでなければ御方様のお心はいつまでも晴れることはなかった」

 真赤姫は真っ赤な唇から呪いのような言葉を吐く。

「あれらは存在すること自体が悪だった。それを駆逐した事が罪だと言うの?」

 遊佐は冷え冷えとした声で静かに答えた。

「何であろうと無闇矢鱈と命を奪うことは罪深い。自覚があろうとなかろうと」

「御方様が健やかであられることこそが私の正道。その御方様のための行いが罪であるはずなどないわ」

 絡め取られ、動かないはずの真赤姫の腕が震える。

 鬼火に反射して極細の糸が煌めく。

 そしてプツンと小さな音。それと同時に赤い脇差を握り締めていた右手が動いた。

 彼女を拘束していた無数の糸の一本が切れたのだ。

 予想外の事態に流石の折継も目を剥く。

「おいおい……どんな火事場の馬鹿力だよ。一本で大人五十人は支えられるって糸だぜ?」

「あれを人を基準にして考えるのは無駄でしょ。遊佐、それ返して」

 ユズリは答えを待たず遊佐の手から太刀を奪い、折継を横目に見た。

「ああいう捕縛系の道具は他にもうないの?」

「残念ながらあれで最後だ。あれで事足りると思ってな。ったく、俺としたことがついつい驕っちまったぜ」

 そう答えながら折継も脇差の柄に手をかけた。

 いつでも抜刀できる体勢を取ったユズリと折継を尻目に、真赤姫は赤い唇を歪めた。

「私は冥府になど行かない」

 さして力を込めた風もなく、彼女を縛る糸は細かく震えている。

「今もあの屋敷で御方様が待ってらっしゃる。私は御方様のお側にいる。目を覚まして下さるまで、私が御方様をお守りするの!」

 それは悲鳴のような叫びだった。

 遊佐は呆れとも憐れみとも知れない息をひとつ吐き、努めて静かな口調で言う。

「あの人は死んだ。もう此岸の遊佐家の屋敷にはいない」

「嘘よっ!」

 整った貌が怒りに醜く歪む。

「つまらない冗談ばかり言わないで! 御方様は……」

「お前こそ大概に現実を受け入れろ。あの人は死んだ。遺体は既に荼毘(だび)に付されているそうだ。今此岸に戻ったところであの人の体は既に灰だ。もうあの人の魂も体も此岸にはない」

 淡々と語られる言葉はいっそ残酷なものだった。

 それでも真赤姫は首を振り、髪を振り乱し、遊佐の言葉を否定する。そうしなければ遊佐の言葉の全てが現実になってしまうとでも言うように、必死に否定する。

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