そして始まりの晩へ 3
辺りを軽く見まわしてみてもこの集落では高くても二階建ての建物があるくらいだったが、人形が歩む賑やかな通りの先に一つ、飛びぬけて背の高い塔のようなものが見える。塔の屋上部分には黒い炎のようなものが揺れている。
見たことも聞いたこともない色の炎を目にし、人形は立ち止まって遠くで燃え盛る炎をまじまじと眺めた。
「……黒い炎なんてものまであるのか」
そう口にした時、側から柔らかな声が聞こえてきた。
「珍しいかい?」
その声のほうへと視線を向けると、通りの脇にある店先の縁台に座っている男がこちらを見て微笑んでいた。
年の頃は四十半ば程の柔和な顔立ちをした男だ。和装が多いらしいこの場所では珍しく洋装姿で、見た限り彼は人形も知る『人間』のようだ。
「珍しいならよく見ているといい。あの炎は時によって色が変わるからね」
「……あなたはこの場所に詳しいのか?」
見知らぬ人間らしき人物に警戒心を抱きながらも人形が尋ねると、男は穏やかな調子で答えた。
「この町とは四十年くらいの付き合いになるね。ここ数年は特に濃い付き合いだよ」
四十年。ついこの間まで意識すらなかった人形にははっきりとした時間の感覚はないが、それが決して短い時間でないことは知っている。生まれたばかりの赤子から皮膚に皺が刻まれ、髪に白いものが混じり出す程に変化する長さだ。
どこまで信用していいものかと躊躇いつつも、人形はゆっくりと口を開いた。
「……人を、探していて」
「そうかい。この町で人探しとなると簡単ではないだろう。何か協力できることはあるかい?」
「ここを管理するという人物に協力を願いたいと思っている……そういった人物の所在を知っていたら教えてほしい」
すると男は笑顔で頷いた。
「ああ、知っているとも。この町の管理者、それは私のことだからね」
「あなたが?」
正直こんなに簡単に見つかるとは思っていなかったので、軽く面食らう。
もしかしたら騙されているのかもしれないと思い、探るように男を見るが自称管理者の男はそんなことは意にも介さずに人の好さそうな笑みを浮かべている。
「信じられないかい? しかし困ったな。管理者は別に証明書を発行されているわけでもないからね、目に見える証拠というものは持ち合わせていないんだよ。なぁ親爺」
男は店の奥にいる、顔中に目がついた禿げ頭の親爺に声を懸けた。
「へぇ。ですがこの町じゃシノさんは有名ですからねぇ。今さら証明なんかされなくても、あんたがあんただというだけで町の連中は平伏しますよ。坊主、こんな場所で無闇矢鱈に他人を信じろとは言えないがこの人に限っちゃ信じていいぜ。俺も保証してやるよ、この人は当代管理者のシノさんだ。何ならそこらに行く連中にも聞いてみな」
そう言って親爺は通りの雑踏を指差す。
通行人の中には男を見るなり畏怖の表情を浮かべる者、小さく悲鳴を上げて逃げるように去っていく者、頭を下げ露骨な愛想笑いを浮かべていく者などがいる。
その様子を見ている限り、男がこの町である程度の権力を持っているらしいことはわかる。だがそれでも男が管理者だと保証されたわけではない。もしかしたら親爺と男が二人がかりで人形を騙しているのかもしれない。
そんなことを思いながらも、何も助力を得るのに管理者でなくてもいいのかもしれないという考えに至った。男が町の有力者なら町のことには詳しいだろう。この通りだけでも無数の通行人がいるような場所だ。そんな中から有力者を見つけられただけでも幸運なのかもしれない。この男が駄目だったらまた改めて管理者とやらを探せばいい。
そう思い、人形は改めて自称管理者の男を見て頭を下げた。