終幕のための開幕 3
「しかしそれでも行方も素性も杳として知れない。冥府から派遣されたお役人と番所が総出で調査を開始したが、下手人の影も形も掴むことは出来ない。そうこうしているうちにまたこの裏通りで魂が五つ、消えた。今度は生存者もいない、目撃者もいない! 誰ひとり生き延びることも出来ずに赤い血の海だけが残されていた! そしてまた起きた! 一つ魂が消え、五人が重傷を負いながらも生き延びた! 五人の生存者兼目撃者によれば、下手人はやはり赤い着物の女だと言う! そして冥府はその顔すら分からぬ赤い着物の女を真赤姫と呼び、第一級犯罪をたやすく犯す恐ろしき大罪人として町全体に厳戒令を発した! 腕に自信のない者は裏通りへは近づかぬよう、自信のある者は代表者達に助力するか真赤姫の情報を集めるようにと! さぁこれが真赤姫の人相書きだ!」
そして読売は手にしていた紙を勢いよくばら撒く。
落ちた人相書きを拾う者、より詳細な情報を知る者はないのかと読売に詰め寄る者などで周囲はさらにごった返した。
小柄なユズリは人ごみに飲まれながらも何とか読売のもとまで辿りついた。
「人相書き、一部ちょうだい!」
何とか人ごみを掻き分けて読売の前まで出ると、読売が驚いたような声を上げた。
「おや、ユズリお嬢さん。珍しいですね、お嬢さんがわざわざご自分からあっしの元までいらして下さるとは」
確かに、いつものユズリなら人が減るのを待ってから管理者の娘という立場を大いに活用し、瓦版が既に品切れとなっていても強引に刷らせて自分の元まで持って来させている。
だが今回はそんな時間すら惜しい。
父の口車に乗せられ此岸の時間において早一ヶ月。いい加減何かしら遊佐の探し人の手掛かりでも掴まねばまたからかいの種にされるに決まっているのだ。
手掛かりがあるなら一刻も早くそれを受け取り、探し人とやらを探して遊佐の前に引っ立てなければ。
「いいから、一部ちょうだい。真赤姫とやらの人相書き」
肩で息をし、乱れた髪を直しながら読売に手を伸ばす。
「へい。これでさぁ」
そう言って読売が差し出してきた紙にはまるで浮世絵のように鮮やかな絵が描かれていた。
そこには赤い衣を幾重にも纏い、その手には日本刀らしき刀剣を持った女が描かれている。そして刃は決して長くない。
ユズリは人相書きを受け取り、読売を見た。
「この下手人が持っている刀剣は、目撃者の証言を元に描いたの?」
「そうらしいです。この町には色んな種類の刀剣があるでしょう? 何でも冥府のお役人が金物屋の旦那の店へ目撃者を連れて行って、真赤姫が持っていたのに一番近い刀剣を探させたとか」
「八卦院の店へ……」
様々な世界の武器が横行するこの町では刀剣と言われただけでは特定は難しい。だが八卦院の店なら町中のありとあらゆる武具が揃っている。そこで最も近い形の刀剣を探し、その刀剣がどの此岸の物なのかを検証するだけでも下手人の素性に繋がる可能性は高い。
「ってことは、八卦院のところへ行けばもう少し詳しくわかるかもしれないってことか」
「ユズリお嬢さんも真赤姫の捕縛に名乗りを上げるんですかい? シノの旦那が心配しますぜ? あっしもこの町じゃ長いが、魂の滅絶なんてぇ大罪をこんなにも多く犯した馬鹿は聞いたことはねぇ。冥府も相当危険視しているようですし、お嬢さんも今回はやめておいたほうが……」
「何よ。私じゃ他の代表者に、折継とかにまで劣るって言うの?」
心配してくれることには感謝するが、折継の下に置かれることは我慢ならない。
「い、いえ、そういうわけじゃ……」
読売は慌てて目を逸らし、「お嬢さんはお強いですから心配いりやせんでしたね」などと言いながら別の連中に人相書きを配り出した。
ユズリは人相書きを折り畳みながら人だかりを後にした。
まずは遊佐と落ち合うのが先決だ。件の真赤姫が本当に遊佐の探し人かどうかも現状では不確かなのだから。一人意気込んで行って別人でしたでは笑い話だ。