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そして始まりの晩へ 1

 鏡に映った己の姿に驚いた。

 最初は鏡を見ても何か(もや)のようなものが映るだけだったのだが、その靄のようなものはやがて少しずつはっきりとした形へと変じていき、やがては完全なる人の姿を映し出した。

 そこに映っていたのは人形の主の姿だった、否、主と瓜二つの姿となった人形だった。

 鏡に映るその姿に一瞬驚きはしたが、よく見れば顔かたちはそっくりでも、その表情がまるで違った。

 主は病がちでも明るく穏やかな気性で、いつだって柔和な笑みを浮かべていた。

 だがそこに映った顔に表情らしい表情はなく、どこか無機質だった。

 これは主じゃない。間違いなく自分だ。元が人形でしかない自分の姿だ。

 人間らしく装っても、本性までは隠せないのだろう。

 それは彼女も同様だった。

 赤い着物、赤い脇差、赤尽くめの娘人形は人間の姿となって主とその一族を殺した。その姿かたちは確かに人間のものだったが、人間というには違和感があった。今の自分も他者から見れば恐らくそう見えるのだろう。

 人形はゆっくりと慣れない足で歩き、屋敷を出た。

 既に夜は深まり周囲に人気はない。今にも切れそうな街灯がいくつかぽつぽつとある以外に明かりはなく、夜の闇は深い。聞こえてくるのは虫の音と近くに流れる川のせせらぎくらいだ。

 人の気配どころか少し前までは辛うじて感じられた、ぼんやりとした彼女の気配すらない。だがまだほんの少し、残り香のように彼女の気配を感じ取れた。

 人形はその微かな気配を辿る。それは屋敷の側を流れる川に架かる古びた橋の上で途切れていた。

 彼女は橋を渡ったのだろうか。

 人形はほんの少し逡巡した後、橋へと歩み出した。

 

 橋の半分ほどまでやってきて人形は違和感を覚えた。

 橋の向こうには灯りらしい灯りなどなかったはずなのに、様々な色合いの光が見える。

 静まり返っていたはずの周囲からは様々な音が聞こえてくる。

 全く感じられなかったはずの人の気配のようなものを多く感じ取れる。

 人形は内心首を傾げながらもまっすぐに橋を進んだ。そして橋を渡り終えた時、人形の眼前に広がっていたのは見たこともないような光景だった。

 漆黒の空の下には人形が長く住んでいた屋敷のように古めかしい和風の建物が並んでいる。鮮やかな色とりどりの提灯と鬼火が夜の闇を明るく照らし、笛や太鼓が賑やかな音を奏でる。遠目にも多くの人の影が見え、あちこちから賑やかな笑い声や時に怒鳴り声、嬌声が聞こえてくる。

 智恵子や主に連れられて屋敷の外の世界を見たことは何度もあるが、今までこんな場所には来たことがない。

 遊佐家がある町は決して活気に溢れているわけではなく、近年は寂れてすらいる。そんな町にこんなにも賑やかな場所があっただろうか。

 そんな疑問を抱いていると、ふいに人形は思い出した。かつて智恵子が聞かせてくれた奇妙な話を。

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