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彼らの視点 4

「……もう出て行きなさい。これ以上話すことはありません」

 そう言ってすがるように紅子を抱きしめる智恵子に生来短気な次男は乱暴に立ち上がって室内の道具入れを蹴りつけた。

 室内に響く大きな音に智恵子は体を震わせたが、次男は気付かず目を血走らせて怒鳴った。

「ふざけんなよ! そんな人形が実の子供の俺より大事だってか!? あんたは昔からそうだよな! あの横暴な親父に理不尽なことを言われてもあんたは一度だって俺達兄弟を庇ってくれたことなんてない! 自分には関係ありません、知ったことじゃありませんとばかりに部屋に籠って母親らしいことなんて一度もしてなんてくれなかったもんなぁ!」

 激しく怒鳴り、肩で息をする次男。彼が今、どんな顔をしてどんな思いで叫んでいるのかは彼に背を向けたままの智恵子にはわからない。

「……あ、あなた達だって私を母親としてなんて扱っていなかったでしょう。主人や姑と同じように私のことなど邪魔にしか思っていなかったでしょう。だ、だから私には紅子しか……」

「言い訳なんて聞きたくねえんだよ!」

 次男は乱暴な足取りで部屋の道具を手に取り、畳敷きの床に叩きつけて行く。茶碗が割れ、重箱が散乱する。それでも手当たり次第にこの部屋の道具という道具を壊そうとするかのように叩きつける。

 智恵子はそこでようやく次男へと振り返った。

「やっ、やめなさい! やめて!」

 真っ白な髪を結い上げた、気の弱そうな顔の老婆。

 次男を見上げる智恵子の顔には明らかな怯えが浮かんでいた。それは実の子を見る目なのか。まるで強盗でも見るかのような目で見上げてくるこの老婆が本当に自分の母親なのか。

 次男の目の前が真っ赤に染まった。

「あ、あああああああ! 何でそんな目で俺を見るんだよ! 俺は、俺はっ!!」

 手にした道具を叩きつけ振り回し、絶叫する。

 そして間もなく、室内に短い悲鳴が上がった。

「ひぃっ」

「あんたなんか……あんたなんか」

 血走った両目からは涙が零れていた。涙を流しながら抜き身の刀を手にして智恵子を見下ろしていた。

「や、やめて……」

 紅子を守るように抱き締めて身を縮める智恵子に、咆哮と共に刀が降って来た。

「あんたなんか母親じゃねえ!」

 鮮やかな赤の着物から、それよりずっと深い赤が噴き出す。

 そのまま智恵子は紅子を抱きしめたまま、畳の上にうつ伏せに倒れ込んだ。

「うあぁぁぁぁっ!!」

 それでも次男は叫びながら智恵子の体を何度も何度も切りつける。涙を流しながら切りつける。

 人形は見ていた。

 智恵子の腕に守られながら、智恵子の体がだんだん冷たくなっていくのを。止め処なく溢れる赤を。智恵子の頬に流れる涙に濡らされながら、見ていた。


 ――御方様、御方様。

 どうか泣かないで下さいまし。

 そのようなお顔をならさないで下さいまし。

 私は、紅子はいつだって貴方様のお側に居ります。

 貴方様の愛する赤と共に、どのような時もお側に居ります。

 私がきっと貴方様の憂いを取り除いてみせます。

 貴方様の幸せのためならば、何でも致します。

 ですからどうかどうか、笑って下さいまし――。 

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