彼らの視点 3
両手で紅子を抱き、絞り出すように続ける。
「今度こそ真面目に生き直したい、親孝行したい、私に心配をかけたくない……。そう言って今までずっとお金を持って行ったでしょう。でも何度お金を渡してもその言葉が実行されたことなんてない」
「それは……」
「言い訳は結構です。私はもうあなたの遊興費に渡すお金など持っていません」
智恵子は次男の言葉を遮り、それっきり黙ってしまった。
取りつく島もない様子に次男はつい声を荒げた。
「か、母さんだってそんな人形にバカみたいに高い金を出して着物を作らせたり、くだらない遊びに大金を注ぎこんでいるだろうが!」
それでも智恵子は次男に背を向けたままだった。
「くだらないことなどあるものですか。あちこちに妾を作る夫に、お互いを思いやることもなくお金のことしか考えていない子供達……そんな中で紅子の存在がどれだけ私を救ってくれたか……あなたには分からないでしょう。この家で私の味方は紅子だけだった」
もともと会話の少なかった夫は智恵子が三男を産んですぐ寝室を別にした。仕事を理由に家に帰ることは少なく、智恵子に隠すことなく多数の愛人を抱えた。その寂しさを埋めるようにせめて子供達の養育に力を注ごうともしたが、夫や姑が進学する学校も習い事も全て決め、智恵子には全て事後承諾。やがては子供達まで智恵子を軽んじる風にすらなってきた。
家事はほとんど家政婦任せだった。しかし昔から遊佐家に仕える家政婦達は智恵子の存在を疎む節があり、よい関係を築くことはできなかった。
小遣いと称して夫から毎月多額の金銭だけは与えられたが、智恵子は遊佐家において孤独だった。内向的で人と接することが不得手だったためあまり外出することもなく自室にこもり、人形遊びに興じることで辛うじて智恵子は己を保っていた。
孤独に泣きながら人形を着飾り、大好きな赤の小物で部屋を満たす。夫や子供達に冷ややかな目で見られようと、それが智恵子の唯一の生きる喜びとなっていたのだ。
やがて生まれた長男の子供には最愛の人形の片割れを譲るほど可愛がったが、長男夫婦があまりよい顔をしなかったので同じ屋敷に暮らしていてもあまり会うことはできなかった。
今や智恵子には残った娘人形、紅子しかなかった。