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彼らの視点 1

 高名な人形師の手がけた一対の男女の人形。それは遊佐家に智恵子が嫁入りする際に両親から贈られたものだった。

 その(かお)は優美。指先の一本一本まで精巧に作られ、今にも動き出しそうなほど。

 遊佐家に嫁いでから多忙で家を空けがちな夫のいない寂しさを、智恵子は人形と過ごすことで紛らわせていた。特に娘人形には自分の好きな赤色の着物を誂え、紅子と名をつけたほどだ。

 やがて子を産み、母となっても智恵子は人形を実の子供のように愛でた。夫はそんな智恵子を疎み、人形遊びなどやめろと智恵子に怒鳴り散らすことも間々あった。

 親同士の決めた結婚に愛はなく、智恵子は遊佐家の跡取りを産み育てる道具でしかなかった。その現実に、智恵子は一層寂しさを募らせていったのだ。

 智恵子の産んだ三人の男子は長男が年老いた父が隠居すると共に事業を継ぎ、二人の子宝に恵まれた。次男は未だ独身で表面上は兄を手伝いながら実家で遊び暮らしていた。三男は結婚した後に屋敷の離れに妻と共に居住し、遊佐家とは関係ない企業に勤めていた。

 数年前に智恵子の夫が病死し、名実ともに長男が遊佐家を継いだ。その頃から遊佐家内では諍いが絶えなくなる。

 家を継ぎながら事業を傾かせ、負債を抱え始めた長男。

 兄の補佐とは名ばかりに遊び呆けあちこちに借金を重ねる次男。

 家での全ての決定権が長男にあることに抵抗心を抱く三男。

 兄弟は顔を合わせればいがみ合うようになっていった。そして最後はいつも金銭の話となる。決して少なくなかった遺産は全て負債に充ててしまい、残ったのは代々受け継いできた屋敷に土地と少しの骨董品。

 そんな折、智恵子の所有していた土地が都市開発の影響から高額で売却され、遊佐家には多額の金銭が舞い込んだ。それが兄弟の諍いを更に激化させる。

 これは事業の立て直しのために自分が使うと主張する長男。

 膨れ上がった借金を返済するために、自分にはどうしても纏まった金銭が必要だと主張する次男。

 散々家の財産を食い潰してきた兄達にこれ以上の金銭を渡すことはしたくない三男。

 そんな息子達を見て胸を痛めるも生来の気の弱さから何も言えず、さらに殻に籠もるように人形遊びに興じる智恵子。

 いがみ合い、罵り合い、昼夜を問わず争う息子達。そうこうしているうちにも次男の借金は膨らみ続け、今や闇金融からの取り立てに追われるようになっていった。

 智恵子に金をせびるも色良い返事がもらえず荒れる次男は、辛うじて人に手を上げることこそないものの、不機嫌になると鬱憤を晴らすように家具や道具を壊した。それがさらに智恵子を人形遊びへと逃避させ、それに苛立った次男は更に物に当たるようになるという悪循環だった。粗暴な次男にも、実の息子にすら毅然と出来ぬ母にも、他の兄弟達も苛立ちを募らせていく。

 それを人形はじっと見ていた。

 智恵子と共に遊佐家にやってきた一対の人形。紅子と名付けた娘を模した人形と、紅子とよく似た容貌の若い男の人形。

 当初は二体とも智恵子の手にあったが、長男とその嫁との間に生まれた子供は外出もままならないほど病弱でほとんど部屋から出ることもできなかった。それを憐れんだ智恵子は病床に孫の慰みにと男の人形を与えた。

 男子に人形など与えてもと当初は夫や長男は渋い顔をしていたが、その男人形の容貌が孫によく似ていたため、きっと孫の身代わりとなって孫を守ってくれるからと智恵子は訴え、孫のそばに人形を置いた。孫も自分に似た人形に喜び、そんな人形を友達代わりにして育って行った。

 特に紅子と名付けられた娘人形は常に智恵子の側にあり、彼女が泣いている時も笑っている時も、ずっとずっと見守って来た。

 そうして過ごすうち、薄らとぼんやりと紅子の中に自我が生じ始める。

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