迷い人形二人 4
「赤が好き……」
折継はしばらく何か思案する様子を見せてから遊佐を見た。
「って言うと、お前らの主人は遊佐家の大奥様か?」
「そう呼ばれる人間が俺の知る遊佐家には何人かいたんだが、一番最後にそう呼ばれた人間のことでいいのか?」
遊佐の問いかけに折継ははっきりと頷く。
「ああ。ついこの間まで生きていた遊佐家最後の大奥様だ」
「智恵子様」
そう答えたのは真赤姫だった。
折継が遊佐を見遣ると、彼は無言で頷いたからそれが折継の訊いた遊佐家の大奥様とやらの名前で間違いないのだろう。
「……そうか。うん、確かそんな名前だったな。赤い着物のよく似合う遊佐家の奥様」
「貴方は御方様のことを知っているの?」
真赤姫は眉を顰めて折継を見た。
「御方様ってのはその大奥様のことか? だから俺は遊佐家とはご近所なんだって。でもって遊佐家は地元じゃけっこう有名な家だからな。そこの奥様は赤が好きで、いつも赤い綺麗な着物を着ていたって近所の年寄り連中なんかが話していたのさ。昔は大層な美人で、町中の男どもの憧れの的だったとかでよく噂になっていたらしい」
「御方様は今でもお美しいわ。御姿だけじゃない、心根も誰よりお美しい」
はっきりとそう告げ、脇差を握り締める手を震わせる。
「なのにあの下賎な輩は御方様のお優しいお心を傷つけるばかり。御方様がどれだけお心を痛めていらしたか。そしてあの晩、あのケダモノ達はっ……!」
真赤姫は目を血走らせ、憎悪に顔を歪ませる。
歯噛みする真赤姫を冷めた目で見遣りながら、折継は静かに尋ねた。
「殺された遊佐家総勢八名。それはお前がやったんで間違いないんだろ? けどその被害者の中には遊佐家の大奥様、遊佐智恵子も入っていたはずだ。それだけ大奥様を想うお前が、何だって大奥様やら他の親族やらを殺したんだ?」
「私は御方様を殺してなどいない!」
真赤姫の赤い唇から発せられたのは、空気を震わすような大音声だった。
「私は御方様を殺してなどいないし、御方様は今も生きていらっしゃる! 妙なことを言わないで!」
そう訴える彼女には一片の偽りも感じられなれない。
少なくとも真赤姫にとって、自分は遊佐智恵子を殺してなどいない。そして今なお生きているということが真実なのだろう。ただしそれが現実にどうなのかはユズリには半信半疑だった。
折継は鼻白んだように真赤姫から視線を外し、遊佐を見た。
「まだ時間はある。せっかくだ。遊佐家惨殺事件の真相ってのを教えてくれないか? 一体何があって付喪神が人を殺し、その上持ち主に成り代わるような真似をすることになったのか」
遊佐は少し不満げに顔を歪めた。
「成り代わったって言い方はやめてくれないか。少なくとも俺はそんなつもりじゃなかった」
「そりゃ失敬。ならなおさら教えてくれよ。お前が遊佐家の長男そっくりの姿で誰にも気付かれず人間っぽくいた理由。そっちのお姫さんが遊佐家の人間達を殺した理由ってやつを」
遊佐は折継の軽薄な物言いに呆れたような顔をしてから一つ息を吐いた。
そして語り出す。
ひと月前の晩に起きた、彼の見た真実を。