迷い人形二人 3
「っつーと何か。お前らはこの間までは本当に人形っていう物体だったと?」
「そうだ。確かにこの何年かはぼんやりとした意識のようなものはあった。けれどそれだけだ。言葉を発することも、自分の意思で体を動かすこともできない。遊佐家の人間だって誰も俺達に意識のようなものがあったなんて気付かなかったはずだ」
「はぁなるほどな。道理であらゆる死を統括する冥府ですら把握しきれなかったわけだ。お前らは生まれたてなんだな。それも例外中の例外だ」
一人納得したように頷く折継に遊佐が怪訝な顔をする。
「これは随分レアだな。少なくともこの数百年くらいはない話じゃないか。なぁ? ユズリ」
「いきなり話を振らないでよ」
「だってすごくね? こんな事例にお目にかかるなんて現代じゃそうそうないぜ。存在自体レアだってのに」
「まぁね」
場の空気に反し、やけに楽しげな折継に適当な相槌を打って、話に置いて行かれ所在なさげにしていた遊佐を見た。
人形のような容貌をし、実際に人形だという彼。けれど自我を持ち、今や人と変わらぬ姿で行動している。
不思議と奇怪に溢れるこの町に根付くユズリや折継にとってもその存在はおとぎ話のように遠いものだった。此岸の絵巻にその姿を見たり父や町の住人に話を聞いたことはあっても、実際にお目にかかることはないだろうと思っていた。
だが、その存在は今確かにユズリの目の前にいる。
遊佐の濃い黒の瞳をまっすぐに見つめ、はっきりと言葉にする。
「あんた達は付喪神だったのね」
遊佐が目を瞠り、真赤姫はユズリを見遣った。
付喪神は九十九神。長い年月を経た物に魂が宿ったもの。神霊が宿ったものとも、物そのものに魂が生じるとも言われているが、遊佐達の場合は後者なのだろう。
「付喪神……」
その言葉を繰り返し、遊佐は黙った。真赤姫も何か思案するように俯く。彼らが付喪神を知っているのか否かはその様子からは図りかねた。
黙ってしまった二人に折継が声をかける。
「随分珍しいぜ。現代人は昔ほど物を大事にしない奴が多いからな。付喪神となるまでなんて持っている奴は少ない。大事にされた物が付喪神になるとも、捨てられた物がなるとも言うが、お前らはどうなんだろうな?」
「……とても大事にして頂いたわ」
はっきりとした声を上げたのは真赤姫だった。
どこか虚ろだった目をまっすぐに折継へと向けて、小さな赤い唇を開く。
「とてもとても、大切にして頂いた。私に名前を下さった。ずっとお側に置いて下さった。私には赤がよく似合うからと、たくさんの赤い物を下さった。この着物だって帯だって、あの方が私のためにあつらえて下さったもの。あのお方が一番好きな赤を、私に下さったの」
そしてその白い両手で愛おしそうに着物に触れた。揺れた打ち掛けの袖には無残な穴が開いている。それは折継が彼女を捕縛しようとした際に脇差で貫いたものだ。
先程はあまりの豹変ぶりを異常だと感じたが、彼女を大事にした誰かからの贈り物なのだと考えればあの怒りも納得できなくもない。