迷い人形二人 2
嘘だと口から零れ落ちそうにながらもユズリの脳は目の前の現実を、一ヶ月を共に過ごした彼の言葉をしっかりと受け入れていた。
遊佐は人間ではない。
どう見ても人間だが、何を考えているのか今一つ測りかねる変わり者ではあるが、目の前の彼は人間ではない何かだ。
黙り込んだユズリから視線を外し、遊佐は言う。
「そいつもそうだ」
その視線の先には何を言うでもなく、何をするでもなくただそこに立っている真赤姫。
「いくら人間らしく見えても元は人形だ。いくら斬られたところで血は出ないし、倒れることもない」
「道理で……」
折継が複雑な表情で真赤姫を凝視する。
誰ひとり満足に傷を負わすことができず、躊躇なく刃を直接握り、傷を負っても血を流すことはなかった真赤姫。
「町と此岸を行き来する危ない奴なんて、生死の間にいる何かだろうとは思っていたが、まさか生者でも死者でもないどころか、生死もない人形だったとはな」
「何ほざいているのよ。人形には生死どころか魂すらないわよ」
ユズリは吐き捨てるように言い、遊佐を見上げた。
「説明して。あんた達は何者なの? もともと人形は呪術的に魂を込めるのにも使われたって聞くけど、あんた達もその類? 元は別の何かだった魂が人形に宿ったってこと?」
人形はヒトガタ。人を模した物。古い時代は神霊がこれに宿るとされたとも言うし、魂を込めて焼くなどする呪術もあったということは聞く。
遊佐と真赤姫も人形に込められた他者の魂なのか、それとも神霊と呼ばれる上位の存在だったのか。
だが遊佐は首を横に振った。
「違う。俺もそいつも最初から人形だ。元の何かなんてない」
「ない? 魂がないならこの町で自分の意思でもって行動したりできないわよ。この町は魂が行き着く場所なんだから」
苛立ってつい険のある声になってしまう。
「ユズリ、落ちつけよ」
折継が宥めるように声をかけてくるが、それがユズリの苛立ちに拍車をかける。
「うるさいわね。あんたは黙っていて」
わからないことばかりで苛々する。別に遊佐が悪いわけではないのだが、あまりに自分が蚊帳の外過ぎて、何も知らなさ過ぎて腹が立つ。こんな八つ当たりをする自分にもますます腹が立つ。悪循環だ。
「……気付けばこうだった」
眉根を寄せ、自分自身すらよくわかっていないのではなかという風に遊佐は口を開いた。
「俺もそいつ、紅子も気付いたらこうだったんだ。ついこの間まで、あんなことが起きるまでは確かに俺もそいつもただの人形だったはずなのに、気付いたらこうなっていた。俺より先に紅子が。そいつが遊佐家の連中を殺して、そして俺もこういう人間のような姿になっていた」
「貴方が私の名前を呼ばないで」
ずっと黙っていた真赤姫が遊佐を睨む。
「貴方なんかに呼ばれる名前はないわ」
「名前がないと不便だ」
「そんなこと私にはどうでもいい。とにかく二度と私の名前を呼ばないで。私の名前を呼ぶのは御方様一人だけよ」
その言葉に遊佐はどこか憐れむような目を真赤姫に向けた。だがそれ以上何か言うこともなく、まだ睨んでくる彼女から視線を外した。
そんな二人の間の重い空気になど構うことなく、折継の気の抜けた声があがった。