迷い人形二人 1
「人形?」
怪訝な顔でユズリと折継が聞き返す。
聞き返された当の本人は顔色一つ、表情一つ変えずに、まさに人形のように機械的に頷いた。
「馬鹿言わないでよ」
ユズリは遊佐を睨みつけた。
「あんたやそこの女が人形じみた顔をしていることくらい私だってよく知っているわよ。けど私達の世界の人形はあくまで物。人形は喋らない、食べない、思考しない。人間を完全に欺けるほど精巧な人形なんて此岸にはない。この一ヶ月、あんたは変人だとは思ったけど、人間じゃないんじゃないかなんて疑うほどじゃなかった」
強く言い切るユズリの言葉に遊佐は少し逡巡するようにしてから、真赤姫に視線を止めた。
「ああ、その手があったか」
遊佐は一人納得するように頷いてからユズリの前まで歩いてきた。
「その太刀を少し貸してくれ」
「は? 何で?」
意味のわからない行動に眉を顰めるユズリに構わず、遊佐は右手を伸ばしユズリが構えていた太刀を、真赤姫に向け剥き出しにされた刃を思い切り握り締めた。それは丁度、先程真赤姫が折継の脇差を握った時のように。
「何しているのよ!?」
ユズリの悲鳴じみた声になど聞こえないように、遊佐は眉ひとつ動かさず、さらに力を込めて刃を握り締める。
皮膚を切り裂く音がはっきりとユズリの耳にも届く。
「馬鹿! さっさと手を離し……」
ユズリ遊佐の腕を掴もうとすると、遊佐はあっさりと手を離し、無感動な声を上げた。
「ああ、ほらもう騙せない」
遊佐の薄い手のひらが刃から離れる。そして開いた手のひらをユズリに突きつけるようにした。
ユズリは反射的に、どう考えても浅くも小さくもないであろう傷を負っているだろう手のひらから目を逸らした。
けれど遊佐はそれを許さない。
「見ろ」
静かだが強い声にユズリは覚悟を決め、向けられた手のひらに視線を向けた。
嫌そうに薄らとだけ開いていた目が大きく見開かれる。
「……何で」
白い手のひらと指先には、確かに長い線のような傷がついていた。ユズリの太刀がつけたのであろう短くも浅くもない傷。
だがその傷からは真赤姫同様、一滴の血も流れていない。血が流れていないどころか、滲んですらいない。骨まで達したのではないかと言うほど深く刻まれた傷口に赤はない。
「血なんて流れていないんだ、人形だから。元々この体は土と木から作られたもの。生き物のように血は流れていない」
目の前の現実が信じられず、ユズリは遊佐の手を取った。どんなに間近で見てもその皮膚の見た目も感触も人間の物でしかない。なのに、その傷口から覗くのは血肉でも骨でもない。何もない、ただの真っ暗な虚空だった。
「この体の内側には血肉も骨もない。そんな人間、いるわけがないだろう」