夢のユメ 3
目にしただけで身震いするような狂気。明らかに生者とは違う異様な気配。
ユズリは反射的に太刀を抜き、鞘を放って構えた。
だが全神経を使い身構えていることが馬鹿らしくなるほど、真赤姫は弛緩したように首を傾げる。
「ねぇ。どうか赤を見せて頂戴」
裸足の足が地を蹴った。
短くないはずの距離が一瞬にして詰められる。そして刃同士がぶつかる硬質な音が辺りに響く。
ユズリの右脇から薙ごうとした真赤姫の脇差は、寸でのところでユズリの太刀によって防がれていた。
すると真赤姫は悲しげに眉根を寄せた。
「……お願い、邪魔をしないで。私はもっともっと赤くしなければならないの」
「冗談でしょう? あんたのために出血する義理なんて私にはない!」
太刀で防いだまま、ユズリは真正面にある真赤姫の腹に蹴りを入れた。体術は専門ではないから大した威力ではないだろうが、真赤姫は軽く後ろへ吹っ飛んだ。それを追うようにユズリは太刀を振りかざすが真赤姫は俊敏な動作で起き上がり、そのまま更に後ろへと跳んだ。
ここが町だということを差し引いても並はずれた敏捷性。その上まともに蹴りをくらおうと息も乱さず、顔色ひとつ変えない。
どこまでも理解の範疇を超えた、不気味な存在だ。
「あんたは一体何者!? 一体どこから迷い込んで辻斬りなんてやっているわけ!?」
だらりと垂れ下がった右手には脇差。構える気など微塵も感じられない様子で、真赤姫は玲瓏な声でこう言った。
「私は紅子」
「紅子?」
思わず聞き返したユズリに、真赤姫は眉を顰めた。
「貴女がその名前を呼ばないで。私の名前はあの方がつけて下さったもの。あの方だけが呼んでいい私の名前」
僅かに苛立ちを込めた声で紅子は、真赤姫は言い募る。
その時、初めて彼女の中にはっきりと感情を見た気がした。
「私はあの方の紅子。あの方のお人形。だから私はあの方のためなら何でもする。あの方の憂いを取り除くためなら何でもする。だから――」
錆びた脇差を手に、凄まじい速さで真赤姫はユズリへの間合いを詰めた。
「あの方のために、赤を見せて」
そう真赤姫が脇差を振りかざした時。
「伏せろ!」
その言葉に反射的に従い、ユズリは地面へ伏せる。それからほんの僅か遅れて頭上で爆音が響いた。
煙と火薬の匂いと共に、目前まで迫っていた真赤姫がその場に倒れ込んだ。
「やーっと見つけたぜぇ? ようやく会えたな、お姫さん」
好戦的な声の主はユズリの予想に違わず折継だった。
ミリタリージャケットを羽織り、両手をポケットに突っこんだだけの姿はこの赤に染まった場違いな程にラフだ。ただしその顔には酷く凶悪な笑みを浮かべている。
「まぁ会って早々何だが、とりあえずここらで捕まっとけよ」
そしてユズリになど目もくれず、倒れ込んだ真赤姫に向かい駆けてくる。一体どこに隠し持っていたのか、ポケットから出した右手には真赤姫の物よりも若干大きな脇差。全く無駄のない動作でそれを真赤姫の左胸めがけて振り下ろした。