夢のユメ 2
先程の裏通りと似た状況にユズリは左手の太刀を強く握り締め、駆け出した。真赤姫だと、どこかで確信していた。
断続的に聞こえてくる怒声、それに時折混じる悲鳴、泣き声。先程とよく似た状況。
「どいて!」
聞こえてくる声にただ事ではないと察して戸惑う者、傍観する者が困惑した調子でユズリに道を譲る。時折いる、ユズリ同様声のほうへと向かう者もまた真赤姫を狩ろうとしている者だろう。
やがて聞こえてくる声は途切れがちになる。時折思い出したように悲鳴が上がり、時には怒声が上がる。
木々に囲まれた細い一本道へとやって来た時、奥からあちこちに傷を負い、青い血を流す小柄な老人が転がるように逃げてきた。
「た、助けてくれっ! 赤い女、真赤姫が出たんだっ」
その後ろからも半纏を纏った大猿が額から緑の血を流して這ってくる。
「お前、管理者の娘カ?」
頷くと大猿はよろめきながら道の端へと座り込んだ。
「気をつけロ。あの女は赤い血を狙っているようダ」
町には多様な人々がいる。少数ではあるが、中には外見は人とそう変わらなくても体を流れる血液の色が違う者もいる。
その少数だった大猿は震える老人を横目で見遣り言った。
「俺達は血が赤くないから見逃されたらしイ。他の連中は赤い血だったから斬られタ」
「犠牲者が出ているの?」
「あア。わざわざ狩りに来た奴もいたようだが、殆どが斬られタ。だが多勢でかかっても誰もあの女に傷ひとつ負わされずにいタ」
「……わかった。あんたとそっちのじい様は放っておいて平気?」
「平気ダ。俺達のはかすり傷にすぎなイ」
「そう。じゃあもし余裕があったら番所に連絡しておいて。無理ならいいから」
大猿と震える老人をその場に残し、道の先を目指し走り出す。
この細い道の先には広場があるはずだ。ユズリ以外にも既に真赤姫の捕獲に向かった輩はいると言うが、広い場所ならば少しは戦いやすいだろう。
しかし傷ひとつ負わせられずにいるとは、真赤姫とは余程の剣の達人か何かなのか。わざわざ真赤姫捕縛に名乗りをあげるくらいだ。皆それなりに腕が立つのだろうに。
果たして自分も真赤姫相手に無事に済むのか。小さな不安を覚えながらも細道を抜けると、眼前には赤と白とが広がった。
白い鬼火が照らす、広場に一本だけ植わった大木には白く小さな花が満開に咲き誇っている。木の枝を覆い隠すように咲く花と、はらはらと散りゆく花弁が夜闇にぼんやりと浮かび上がっている。
だがその下には全身に赤を浴びた赤い着物の女が佇む。
そして彼女の足元に血まみれで転がる異形達が十ほど。ぼんやりと姿が霞みかかっていて彼らの魂は既に致命傷を負っていることが明白だった。
思わず顔を顰めたユズリに、今気付いたとばかりに赤い着物の女、真赤姫が視線を向けてきた。
返り血を浴びても尚美しい女。赤い打ち掛けは銀糸で模様が描かれていたらしいが、血を浴びてくすんでしまっている。着物も帯も、返り血なのかそうでないのかわからないほどに赤い。
けれど着物から覗く彼女の手は雪のように白い。裸足の足も、顔も頸も、透き通るように白い。その白を引き立てるかのように顔も手も足も返り血を浴びてはいるが。
不気味なほどに美しい赤い彼女は虚ろな瞳でユズリを見ていた。そして小さな赤い唇を開いた。
「貴女の血は、赤い?」
まさしく鈴を転がすような声がそう訊いてきた。