夢のユメ 1
「遊佐が遊佐じゃない?」
ユズリが視線を向けても遊佐は、遊佐でないかもしれない彼は答えない。
ただ沈黙を守り続ける。
「……何か言いなさいよ、遊佐。こんな女装馬鹿に言いたい放題されて悔しくないわけ!?」
自身の内に広がる困惑を抑えつけるようにユズリは怒鳴る。町で名乗る名前が本名であるわけがない。そんなことは百も承知だというのに、なぜ今さらこんなにも動揺しているのか、自分のことだというのに理解に苦しむ。
遊佐は本当に『遊佐』という苗字をもつ人間で、けれどそれは既に死んだ人間で……それはどういうことだ。だったら今までユズリが遊佐と呼んできた彼は一体何者だというのだ。
ユズリの呼ぶ遊佐が死者だなんて考えたことはなかった。ぼんやりと感じ取ることのできる死者特有の気配を感じたこともないし、今だってそれは変わらない。夜が終わり、此岸に帰る時も大概共に橋を渡り、橋の前で別れてきた。だから彼は、遊佐は死者ではないはずなのに。けど折継の知る『遊佐』は一ヶ月前に死んでいる。そして折継の言う『遊佐』ならこの町で遊佐と名乗って今まで無事なわけがないのに。
その一方で、そう言えば折継は最初に遊佐と会った時に遊佐という名前が本名ではないかと確かめていたが、あれはそういうことだったのかとやけに冷静に考えている自分がいた。
折継も遊佐も何も言わない。ユズリもそれ以上の言葉が出てこない。
道往く者達も三人の異様な雰囲気を敏感に察知し、彼らの周りを避けて歩く。そうして大通りらしからぬ異様な静けさに包まれた時。
――足りない。
か細い声が聞こえた気がした。
思わず顔を上げ、辺りを見回したがそれらしい人物は見当たらない。
「……空耳か?」
折継がぽつりと呟く。ユズリにしか聞こえなかったのかと思った声は、どうやら折継にも聞こえていたらしい。探るように視線を巡らせている。
「折継、あんたも聞こえた? 今の声」
「聞こえた。女の声っぽかった」
厳しい表情で折継は辺りを見回すと、ユズリ達以外に声を聞いた者も幾らかいたらしく、数人が顔を上げ辺りを見回している。
するとずっと沈黙を守っていた遊佐が口を開いた。
「血の匂い……」
「血?」
ユズリと折継が同時に聞き返した時、先程よりもずっと小さな掠れるような声がまた聞こえてきた。
――足りない。赤が足りない。赤が……。
瞬間、脊椎反射のように理解する。この声の主はあの美しい赤い女だ。
「この声、さっきも聞いた。真赤姫だ」
「本当か?」
折継の言葉に頷く。
「うん。さっきも言っていた。赤がどうのって」
「頻繁に出るようになった、とは聞いてはいたが随分熱心だな。ユズリが行き合ったばかりだってのに」
皮肉るように折継が口にしてしばらく、遠くで複数の悲鳴が上がった。