まやかし異聞 6
「一ヶ月前、とある地方の旧家でその家の住人と親族計八名が死んでいるのが発見された。状況から警察は殺人事件と断定。被害者は全員何か刃物による刺殺。現場は酷いありさまだったそうだ。あちこち血まみれで、遺体はとても正視できる状態ではなかったらしい」
淡々と、新聞を読み上げるように折継は続ける。
「その旧家は現代でも広大な土地に屋敷を所有している。現場になった屋敷に住んでいたのは当主夫妻に当主の母、当主の弟、そして当主夫妻の二人の子供。さらに敷地内の離れには当主のもう一人の弟夫妻が住んでいた」
「つまり同じ敷地内に血縁ある八人が住んでいたってことね」
「そういうこと。だだっ広い敷地だから八人住んでもまだ余っている感じだったな。けど最近の不景気やら何やらでに資金繰りに困っていたとかで、当主や弟二人は土地や資産を巡って骨肉の争いを繰り広げていたんだと。で、当主たち兄弟の母親ってのがもうけっこうな高齢で、自分の息子達が醜く争うことに心を痛めて、年のせいもあるだろうが最近じゃ病気で伏せりがちだったそうだ。当主夫妻には男女一人ずつ子供がいて長男が本来なら家の跡取りになるはずだったんだが、その長男は生まれつき病弱でとてもじゃないが家の跡を継ぐことは出来なそうだった。その上、当主の弟たちも典型的な放蕩息子って感じらしく、あの家はもう駄目だろうって近所でも噂になっていたんだそうだ。ところがそんなある日、一家と連絡が取れないと勤め先だか何だかの人間が様子を見に行った。……そしてその一家に降りかかった惨劇が明らかになった」
淡々と淡々と、一片の情を傾けることなく折継は語った。
そして黙ったユズリへとその切れ長の瞳を向けて、こう言った。
「その悲劇の一家の姓は遊佐」
聞き馴染みのあるその言葉にユズリは目を見開いた。
口を開きかけたユズリを目で制し、折継は続けた。
「さっきも言ったが、遊佐家は俺の家から割と近所なんだ。だから死んだ遊佐家の長男と俺は年が近くて顔見知り程度ではあった。今もよく覚えている。男のくせに綺麗な顔をしていてさ。まるで人形みたいだった」
人形みたい。その表現は今日一体何度目だろう。
「黙っていると本当に人形みたいだった」
折継はユズリから視線を外し、雑踏を見遣った。
「そう。ちょうどそんな顔だったよ」
折継の言葉に釣られるようにユズリは彼の視線の先を見た。
雑踏の中にいても際立つ人形めいた顔。この一ヶ月、ほぼ毎日見ていた顔。
その人形のような顔に表情はない。先程別れた時よりいくらか顔色はよくなっているが、それでもまだ調子がよさそうとは思えない。
けれど彼はしっかりとした足取りでユズリと折継の前まで歩いて来た。
「ゆ……」
「なぁ、お前は誰だ?」
ユズリの言葉を遮るように、折継は静かな声でそう訊いた。咎めるでも責めるでもない、静かな調子で。
彼は答えない。ただ黙ってそこにいる。
けれど折継にそれを気に留める様子はない。
「この町では忌み名でなくとも、生まれた時からずっと共に在った苗字でもある程度は魂を縛ることが出来る。でもお前がそんな制限を受けているようには見えない」
彼はまっすぐに折継を見据えたまま答えない。
「確かにお前は俺が知る遊佐家の長男に瓜二つだよ。最初は本人かとも思った。けど遊佐という名で縛れないのなら、お前は俺が知る遊佐家の病弱な長男じゃない」
そしてもう一度、折継は訊く。
「じゃあお前は誰だ?」
彼は、ユズリがずっと遊佐と呼んでいた彼は答えない。