まやかし異聞 5
「面白い話?」
「おう。ユズリは知っておいて損はないと思うぜ?」
「あんたの面白い話なんて別に興味は……」
「ユズリは一ヶ月くらい前、此岸で起きた一家惨殺事件を知っているか?」
ユズリの言葉を遮るように折継は言った。
「犯人は未だ不明。死者八名。一家惨殺事件だとか旧家惨殺事件だとかマスコミも騒いでいるやつ」
「ああ、少し覚えがある。新聞やニュースが騒いでいるやつでしょ? 他人の不幸をやたらとセンセーショナルに騒ぎたてて悪趣味の極みだと思ったのよね」
一ヶ月前の深夜未明。どこかの旧家だという立派な屋敷でその家の一家と親族が殺害されたという事件。
ニュースで報道されていた事件現場となった邸宅は広大な敷地に昔の武家屋敷のような母屋と複数の離れ、蔵などがあり、現代日本にまだこんな屋敷が残っていたのかと驚いたから覚えている。あまり近所付き合いのある家ではなかったため発見が遅れ、犯人の痕跡がまるで見つからなかったとかで警察が情報提供を呼び掛けていた。
「八人が一晩で犠牲になった事件にも関わらず、いまだに有力な容疑者も見つかっていない。まぁ旧家って言っても最近じゃけっこうあちこちに借金があったとかで、そういう関係の怨恨もあるんじゃないかって言われているよな。現金はなくとももしかしたら値打ち物かもしれない骨董品はごろごろあるらしいし。でもそういうのが盗まれた様子はないから強盗ではないだろうとか」
「あんた何でそんなゴシップ記事みたいのに詳しいのよ。暇なの?」
惨殺だの何だの、一晩に何度も聞きたい話ではないと言うのに。
「俺は情報収集が趣味なんだ」
軽口めいたことをほざきながら折継は続ける。
「そしてこの旧家惨殺事件、犯行日時は最初にこの町の裏通りで赤い着物の女が目撃される前日のことだ」
「は?」
何故ここで真赤姫の話が出るのだ。
「その日を皮切りに、実は此岸でも奇妙な噂話があってさ。その旧家のある地方で赤い着物を着たお姫さんが夜道をさ迷っているとかいうやつ。それもそのお姫さん、片手に刀を持っているんだそうだ」
「待って。それ此岸の話よね?」
「もちろん。此岸、この世、現世、言い方は何でもいいけどな。実は俺ん家、その例の旧家にけっこう近くてさ。近所のガキ共が怪談として騒いでいるのが聞こえてくるわけだ。殺人事件があったお化け屋敷みたいなお屋敷の近くで赤い着物のお姫様が刀を片手にうろついているって」
気付けば珍しく折継の顔からにやついた笑みが消え、やけに冷めた表情を浮かべていた。
「どうも裏通りの魂滅絶事件と被るよなぁと思って代表者会議でそう進言したんだよ。で、どうやらこの赤い着物のお姫さん、彼岸此岸を行き来しているらしいって見解が出てきたんだ。まぁあんまりないケースだし冥府の一部の上の方はまだ半信半疑らしいが。それで現役生身の人間で、尚且つ此岸で真赤姫が目撃された辺りに住んでいるという俺が実地調査を秘かに行っていたってわけだ」
「あんたは見たの? その赤い着物のお姫様とやらを」
冷たい汗が背筋を伝う。まさか、と思いながらもまだ考えは纏まりきらない。
折継は首を横に振った。
「残念ながら。けど見たって奴はけっこうな数いたな、子供から大人まで。冥府の正式見解ではないようだが、俺はその赤い着物のお姫さんってのが真赤姫で間違いないと思っている」
彼岸此岸を自由に行き来する何か。
彼岸此岸で目撃される、赤い衣の女。
「……折継。私は今日、辻斬りだとか一家惨殺だとか家族が殺されたとか、そんな嫌な話を聞くのは数度目なの」
「それはまた厄日だ。厄払いにでも行ったほうがいいかもな」
折継は軽い調子で相槌を打つ。
「真赤姫がこの町で辻斬りをしているって話を聞いた。真赤姫に家族を殺されたっていう話を聞いた」
嫌な話だ。
この町と此岸、二所で起きた本来なら何の共通項もないであろう陰惨な事件。
「遊佐が探していたのは家族を殺した相手なんだって」
「……へぇ」
「この一ヶ月、遊佐は赤い着物で赤い束巻きの脇差を持った女を探していた」
折継は答えない。
「家族を殺されたって言っていた。私はそれがどういう状況だったのか、一体何人が亡くなったのかは聞いていない。だから分からないけど遊佐はその、殺された一家の生き残りか何かなんじゃないかって今思った」
ただの勘違いならいい。的外れな考えならいい。こんな考え、もし本当だったらなら遣る瀬無いにも程がある。
「――師匠に聞いたんだけど、師匠がこの町で遊佐と初めて会ったのはその旧家殺人事件があった翌日らしい」
折継は静かに言った。