終幕のための開幕 1
三途の川の中州、生と死の境界。
そこには夜だけの町がある。
明けることのない常夜の町はあらゆる境界であるがゆえに曖昧だ。
町は無数の橋によって幾多の此岸と繋がっている。だからここには様々なモノが存在する。生者も死者も異形も当たり前に行き交う。
ある者は死後、冥府に進むことを拒み。
ある者は生きながらに境界に迷い。
ある者は自ら選択して生死の概念すら曖昧な町に遊ぶ。
当代管理者の娘、ユズリは生きながらに町に出入りする人間だ。そのため四六時中この町にいるわけにもいかず、此岸の生活に謀殺され町から足が遠のくことがなくもない。だがそうしているうちにも町でも時は進み、時には町での生活に関わるような事件が起きていることもある。
それをいち早く知るには管理者である父・シノに聞けば話は早いのだが、管理者というのも暇ではない。ただ町へ行けば会えるとは限らず、冥府に呼び出されていればそうそう呼び戻すことも出来ない。
そうした時、町での情報を知るのに役立つのが瓦版だ。江戸時代に見られた瓦版とほぼ同じもので、一枚の紙に時事性の高い最新情報から時には冥府からの御触れが記され、あちこちで売り歩かれる物。
町では最も人通りの多い大通りや、此岸との出入り口である橋の近辺に貼り出されたりもする。何しろ危険も多い町だ。情報は少しでも多い方がいいということで安価に情報を知ることが出来るため重用されている。安価な分だけ裏通りをねぐらにする情報屋ほど詳細ではないが、わざわざ危険の増す裏通りにまで行きたくない者にとって瓦版は欠かせない情報源なのだ。
そしてユズリもその安価な情報源をよく利用する。ガセネタやゴシップまがいの記事が少なくないでもないが、冥府からの重要な御触れなどは確実に知ることが出来るので、情報屋を頼るほどでもない時はそれで十分なのだ。
さて、そのユズリは毎晩のように町にやってくる時期でも、とりあえず瓦版が売られていれば周囲の購入者達の様子を見て面白そうなら購入する。
そして今日は橋を渡って町に入ってすぐ、瓦版を売り歩いている読売の周りには人だかりが出来ているのが見えた。