まやかし異聞 2
「冥府じゃ真赤姫の正体を特定できないのは死者ではないからだって意向なんですが。ご存じの通り、全世界の死者は冥府が常に把握していますし」
「うん。八卦院もそうだろうって言っていた。でもあれは生者じゃない。私と同じように生者だったら煙みたいに消えるなんて出来ないはずだし、それに実際に見るとわかる。あんな不気味な感じ、生者だなんてありえない」
「あ、ありえない、ですか?」
言い淀む男にユズリは続ける。
「言いたいことはわかる。だからさ、生者でも死者でもないってことなんじゃないかって」
「生者でも死者でも……?」
ユズリは頷いた。
「あの気持ち悪さは生き霊って言葉が一番近い。多分真赤姫は生死の境にあるとか、そういう類なんだと思う」
生死の間をさ迷う者はよくこの町に迷い込む。此岸で言うところの臨死体験中に魂がこの町に迷い込む事例は少なくない。此岸と彼岸の境界、生死の境。それがこの町のある三途の川なのだから。
「生き霊……確かにまだ生きている者だったら冥府が把握できなくてもおかしくはないですが」
「確証はないけどね。ただ純粋な生者ってことはまずないと思っていいわよ」
「わ、わかりました。上に報告して調査するよう進言しておきます」
これはまた厄介そうな、と呟きながら男は帳面に書き止めていく。
「あとは」
ユズリは目を閉じてあの真っ赤な女の姿を思い起こす。
自身で作りだした赤に恍惚と微笑んでいた姿。見た者に不安感を与えるような、整いすぎた顔を。
「……人形みたいな顔だった」
「人形ですか? どんな人形です?」
これは口にしてもいいことなのか。少し悩んだ末、ユズリは口を開いた。
「日本人形とか文楽で使うような……遊佐に似ていた」
「遊佐?」
男は怪訝な表情で聞き返してくる。
「ひと月くらい前に私と刀狩をした鉄砲打ちって言ったらわかる?」
「あーはいはい。直接会ったことはないですが噂は。え、じゃあ真赤姫はその遊佐さんに似ているんですか?」
「……似ていた。ぱっと見の印象ではあるけれどよく似ているって、そう感じた」
「よく似ている、ですか。じゃあその遊佐さんって人に直接会って顔を見せてもらった方がいいかもなぁ。新しい人相書きを作成できますしね」
「うん」
生返事をしながらユズリは残ったお茶を飲み干した。
似ていると言うにはあまりに似通った二人。
探す者と探される者。
家族を殺された者と殺した者。
それ以外にも彼らには何か繋がりがあるのだろうか。
ぼんやりと考え込んでいたユズリの横で男はうんざりとした調子で息を吐いた。
「しかしこれで被害者が何人でしたかね。えーと生き残った奴を含めればもう二十は超えていたよな。全くいつまで続くんだかなぁ」
そして帳面を閉じ、ユズリに向き直る。
「それではまたお話を聞くこともあるかもしれませんが、今日のところはこれで結構です」
「ん、わかった。何かあったらお父さんにでも言付けておいて」