赤迷宮に惑いて 7
大通りに面したこの店は人通りが多い。案の定、ユズリが店を出た時には既に遊佐の姿は雑踏に紛れて影も形もなかった。
この町だって決して狭くない。その上大通りからは無数の裏道が伸びている。闇雲に探しても見つかるものではないと思いつつも、金物屋の面した大通りを見て回ることにした。
注意深く周囲を見回しながら歩くがそれらしい人影はない。
ユズリや遊佐のような現代的な服装で、しかも若い世代というのはこの町では珍しい。少なくとも着物姿が多く行き交う中では目立つ。そのため少しでも視界に入ればそれなりに印象に残るはずだ。
手近にあった店先にたむろしていた者達に洋装の若い男を見なかったかと聞くと、町の中心にある十二階建ての塔とは逆の方向へ歩いて行くのを見た気がするとの証言を得られた。
その証言に従おうとユズリが歩き出そうとした時、雑踏の中に洋装の男を見つけた。もっともそれはユズリの探していた洋装の男ではなかったが、この際構わない。
「お父さん!」
声を張り上げて洋装の男ことシノへと駆け寄ると、シノは歩を止めてユズリへと振り返った。
「ああ、ユズリ。八卦院の店にいたんじゃなかったのかい?」
「遊佐が八卦院の店に戻ってくるなり出て行っちゃったのよ。何か具合も悪そうだったし、今は一人にしない方がいいだろうって探しているところ」
すると常に微笑を浮かべているシノの顔が少し強張った気がした。
「お父さん? どうかした?」
「ユズリ。お前は真赤姫には関わるんじゃない」
それは滅多に聞くことのない、有無を言わせない厳しい声音だった。
慣れない父の様子にユズリは怯みながらも返した。
「何言っているのよ。真赤姫が遊佐の探し人だったのよ? 遊佐の人探しを手伝えって言ったのはお父さんじゃない」
「お前には彼の人探しを手伝いなさいと言っただけだったね? そして今、彼の探していた相手は分かっている。ならばもうそれで私の言ったことは達成したことになるだろう。だからお前はここで引きなさい」
喧騒の中でもはっきりと響く声。ふざけたような薄笑いを消したどこか厳しい表情。
シノが本気で言っているのだと、嫌になるほどわかる。
「ま、待ってよ。ここまで来て私だけ除け者なんて冗談じゃないわよ!? こんな中途半端、手伝ったなんて言えない、一度関わったからには私だって最後まで付き合うわよ! 冥府から真赤姫の捕縛令だって出ているんでしょ? それなら私も遊佐を手伝うついでに真赤姫捕縛に協力する!」
必死に言い募るも、シノは色味のない目でユズリを見下ろしてきて言った。
「駄目だ。お前はこれ以上真赤姫に関わるんじゃない」
「何でよ! 私だって管理者候補の一人なのよ!? 折継の奴だって動いているのに私だけ何もしないなんて冗談じゃないわよ!」
「折継くんは代表者だ。そしてお前は違う」
まるで怒っているかのような静かな声に、条件反射的に身が竦む。
だがここで引いたら本当にユズリはこれ以上この件に関われなくなるだろう。父がこう言っているのだ。後でやはり関わろうとしたところで、管理者権限を行使するなり手段を選ばずユズリを真赤姫の件には関われなくしてくるはずだ。
「ぜ……絶対嫌! ここまで来て蚊帳の外なんて冗談じゃない! だいたいあんな素人同然の遊佐が一人で辻斬りになんて会いに行けるわけがないじゃない! 管理者候補の一人として、最後まできっちり面倒を見てやるわよ!」
たった一ヶ月。それでも縁を持ったのだ。
もともとシノの命令だったからという事も大きいが、ユズリだって一ヶ月もの間ほぼ毎日顔を突き合わせていた相手に情くらい移る。想像もしなかった理由で人を探していた遊佐を手伝ってやりたいと思うくらいするのだ。
けれどシノはあくまで静謐な声で言う。
「駄目だ。この件はお前が思っている以上に危険だ。お前のような未熟者が余計な手出しをするんじゃない」
「未熟なんかじゃ……!」
「聞き入れないのなら、冥府の意向に背いてもお前を町に出入り禁止にする」
感情など一切ない、そんな声だった。
「さぁこの話はここまでだ。お父さんは行くところがあるからもう行くよ」
今までユズリはこんな父を見たことがない。ふざけた父親だったが、こんな有無を言わさず一方的に意見を押し付けられたことなどなかった。何かを反対する時は必ずその理由を説明してくれた。聞きわけの悪いユズリが納得するまで説明してくれたのに。
どんなに腹が立っても、どんなにふざけた態度を取られようとも、いつだってシノを尊敬していた。その娘として生まれたことを誇りに思っていた。
なのに、これは何なのだ。
「何で一方的にそんなこと言うのよ!? ただ危険だから駄目だなんてそんなの理由になってない! 納得行く説明もしないで、聞かなかったら出入り禁止にするとか卑怯じゃないよ! 私が今までどんなに反抗しても最後はお父さんの言うことを聞いたのは、お父さんの言っていることはいつも正しかったからよ! でも今のお父さんの言葉じゃ正しいのか正しくないのかもわからない! そんなお父さんの言葉になんて意地でも従ってやるもんか!」
腹の底から叫んで、ユズリは脱兎の勢いでその場から走り出した。
「ユズリ!」
後ろでシノの声が聞こえたが聞いてやるものか。
納得いく説明もなしに子供を抑えつけようなんて、そんな父の言うことなど意地でも聞くものか。