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赤迷宮に惑いて 6

「遊佐! うちのバカ親父は!? 一緒だったんでしょ!?」

 怒り任せに怒鳴りつけたが遊佐は何も答えず、どこか覚束ない足取りでこちらまで歩いて来た。

「って遊佐? あんた、何だか顔色がよくなくない?」

 灯りの下、間近で見れば遊佐の顔色は酷く青白かった。元から色の白い人間ではあるが、今の彼は明らかに尋常ではない顔色だ。

「ちょっと、大丈夫なの?」

 だが遊佐は答えない。俯き加減にユズリの横を通り抜け、奥の座敷にいる八卦院へと声をかけた。

「……金物屋。真赤姫のことを聞きたいんだ」

「あ、ああ。それは構わないがお前、本当に大丈夫なのか? 今にも死にそうな面じゃないか」

 奥の座敷から顔を出した八卦院もさすがに気遣うように訊いたが、遊佐は生気のない声で大丈夫だと答えただけだった。

 どう見ても大丈夫そうには見えないのだが、当の遊佐自身がそれ以上言わせない空気を発していたためユズリも八卦院も黙った。

「それよりも真赤姫の刀はどんなだった? (つか)の色でも何でもいい。教えてくれ」

「どんなって……今、ユズリとも話していたところだが、間違いなく日本で造られた長脇差。製造年代は此岸の年代区分だと明治時代後半から昭和初期じゃないかってところだ。目撃者の話では真赤姫はその刀を抜き身で持っていたそうだ。(さや)も見た奴はいなかった」

 そう言えば前に遊佐が言っていた。探し人は多分、抜き身で刀を持っていると。

 さらに八卦院は続ける。

「柄は赤一色の柄巻(つかまき)だったらしい。衣装から刀まで全てが赤尽くしだったって皆口をそろえて言っている。赤って言っても色々あるが、衣装同様鮮やかな赤だったらしい」

 ああ、遊佐はそうも言っていた。赤い柄巻の脇差と。

 遊佐の横顔を窺い見ると、やはり顔色は悪く生気のない目をしていたが、必死に八卦院の話を聞いているようだった。

「そうだ。それから、どうもその脇差って言うのは、随分錆びていたとも聞いた」

「錆びて?」

 思わずユズリも声を上げると、八卦院は頷いた。

「まぁあれだけ血を浴びていれば当然だろうが、真赤姫ってのは刀の手入れをする奴ではないらしい。刀身に随分(さび)が付着していたそうだ。それに若干の刃毀(はこぼ)れもあったらしい。その上既に随分な人数を斬っている。それで手入れもしていないら、切れ味も随分落ちてきていているはずだ。最初の頃の事件と違って最近では生き残ることができる連中が出てきたのも、刀の切れ味が鈍ってきているのもあるんじゃないかって話だ」

「刃毀れした錆びた刀で辻斬り?」

 ユズリは眉を顰めた。

「何だかますます変な話になってきたわね。ここは此岸でもないし実際に肉体を斬るのとはまた違うんだろうけれど、それでもそんなに錆びた刀じゃ斬りにくいでしょうに。随分な回数の辻斬りを働いているしてっきり他にも二、三予備の刀があるんじゃないかって思っていたんだけど、そこまでボロボロになっているってことは、真赤姫は刀はその一振りしか持ってないってこと?」

「あいつにとっては、あの刀でないと意味がないんだ」

 聞き逃してしまいそうなほど小さな声で遊佐は呟いた。そして八卦院に軽く頭を下げ、入口へと向かって歩き出した。

 慌ててユズリは遊佐の背に声をかけた。

「ちょっと、どこ行くの!? 真赤姫を捕まえるなら私も行くわよ! て言うか、あんた少し休んだ方がいいわよ!」

「……考えたいことがあるんだ。少し一人で歩いてくる」

 そして結局遊佐は一度も振り返らないまま、店を出て行ってしまった。

 レトロなランプが一つ照らすだけの薄暗い店内に、引き戸を締めた音がやけにいつまでも残って感じられた。

「あいつ、随分調子が悪そうだったが大丈夫なのか?」

 八卦院も少し困惑した様子でユズリを見上げてきた。

「知らない」

 そう答えた声は自分で思ったよりも刺々しく響く。ぐっと拳を握りしめ、遊佐が消えた引き戸を睨みつける。

「何よ。遊佐もお父さんも、肝心なことは私に何一つ話してくれないで……!」

 悔しさに唇を噛みしめていると、八卦院は何か思案するような様子を見せてからユズリを見た。

「ユズリ、追え」

「え? 追えって遊佐のこと?」

「ああ。どうもよくない感じだ。あんな調子じゃどこぞへ引かれかねないし、今は一人にしないほうがいい」

 確かに随分精神状態もよくないようだったし、そこに付け込まれないとも限らない。むしろこの町に跋扈する『よくないもの』はああいう状態の者を好んで引いて行く。

 何も話してくれない悔しさはあるが、今は一刻も早く遊佐と合流すべきだろう。

「じゃあちょっと行ってくる。もしかしたら行き違いになるかもしれないからその時はよろしく」

「ああ。わかった」

 八卦院が頷くのを確認して、ユズリも金物屋を飛び出した。

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