赤迷宮に惑いて 4
「だね。でも何だか変な感じ。遊佐が言うには、真赤姫は打ち掛けを羽織っているらしいのよ。人相書きで見た限りもそんな感じの着物を着ていたし、髪も日本髪みたいだし、随分古風な格好なのよね」
「そうなのか?」
現代事情には疎い八卦院は意外そうだ。
「この町ではそうでもないかもしれないけど私だってほら、この町に日本髪を結ってきたことはないし、着物を着ていたこともほとんどないでしょ? 此岸では今も着物を着る女性はけっこういるけれど、打ち掛けまで羽織る人はあまりいないわよ。何しろ打ち掛けは裾を引きずるから、現代の生活様式を考えたら難しいのよ。せいぜい結婚式か写真撮影くらいで、普段着る人はほとんどいないと思う」
打ち掛けは身分の高い女性の着物だったから、あまり外に出ることのない当時の女性が来ている分には問題なかっただろうが現代ではそうはいかない。昔の身分ある女性のように身の回りの雑事を全て人に任せることは難しく、全く屋外に出ないという人も少数だろう。
「俺は結婚式やら写真撮影やらってのはあまり知らないんだが、とにかく日常的ではないってことか?」
「うん、普段は洋服派が圧倒的に多い。たまに着ている人もいるけど、それでも裾を引きずっている人は見たことがないわよ」
「けどその真赤姫ってのは打ち掛けなんだろ? どこぞの姫さんみたいな風体だって。風体も得物も間違いなく俺達と同郷なんだとは思うが、小僧が探している相手だって言うなら時代が合わなくないか? 風体もさることながら、そもそも今此岸では刀を持つことは禁じられているんだよな?」
「うん。銃刀法違反になるから。鑑賞用とかで許可を申請することもできるけど」
「だったらおかしくないか? 何で現代の此岸にいた小僧が、そんな古い時代の風体で、尚且つ所持出来ない刀を持っているような奴を探してるんだ? 本来なら真赤姫みたいな奴なんて此岸にいないんじゃないのか?」
「古い服装のことは知らないけど……」
遊佐が真赤姫を探す理由について話していいものだろうか。
家族を殺された、そんなことを軽々しく他人のユズリが人に話してもいいものなのか。
言葉に困っていると、八卦院は独りごちるように呟いた。
「でもその真赤姫が死人っていう可能性もあるか。たまにいるしな、死んでからもふらふら此岸と町との間を行き来する奴」
「ああ、そう言えばいるね」
死んだ後も、彼岸に渡らずこの三途の川の中州の町に留まり、尚且つ時折思い出したように此岸に戻る者はいる。けれど此岸では既に肉体がないため、魂だけの存在でうろつくことになり、それが幽霊譚として語られたりする。
原則として死んだ者は此岸へ戻ることは出来ないということになっているのだが、何しろ町と此岸とを結ぶ橋の番人は日によって違う。見ているだけで番人としての役目を果たす気がない輩も、賄賂を渡されればそれだけで見て見ぬふりをするような輩もいる。
そんないい加減な番人だった日には、たとえ死人でも橋を渡って此岸へ戻ることは難しくはない。
「じゃあ遊佐の探し人は既に死んでいるってこと?」
死者が此岸に戻り、生者を殺すケースだって過去に数度くらいはあった。いわゆる祟り殺すだとか呪い殺すだとか、そういう話だ。
だが死者が刀を持って生者を殺すなんて話はまだ聞いたことがない。そもそも魂だけの存在になった死者が此岸に存在する何かと接触することが出来る事態、稀だという。
「いや死人ってことはないか」
再び帳面に目を落としながら八卦院が言う。
「冥府の役人が出張って来たんだ。冥府ではどの世界の死者も全て把握している。真赤姫が死者だったならもっと早く身元が割れているはずだ。全く正体不明だからこそ俺達にまで話が下りてきたんだしな」