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赤迷宮に惑いて 3

 奥の座敷に通されたユズリの前に、緑茶の注がれた茶碗が置かれる。

「まぁ飲め」

「ありがとう」

 ゆっくりお茶を飲む気分ではなかったが、せっかく淹れてくれたものだからと口をつけると程良い熱さとほんのりと甘い香りに苛立っていた気持ちが和んだ。

 そうすると怒りで一杯だった頭も少し冷静さを取り戻してくる。

「あのさ。私、八卦院に聞きたいことがあるんだけど」

「あ? 何だよ」

 ユズリの向かいであぐらをかいていた八卦院が顔を上げる。

「例の真赤姫のことなんだけど、持っていた刀が日本刀だったって本当?」

 真赤姫、という単語が出た瞬間、八卦院は露骨に嫌そうに顔をしかめた。

「そういやさっきもシノに真赤姫がどうのとか言っていたな。ったく、瓦版が出てから何人目だよ。真赤姫の情報をくれって奴がもう五人は来たぜ」

「だって八卦院がその刀の素性を検証したんでしょ? 現段階で一番情報を握っていそうなのは八卦院なんだからそれは仕方ないじゃない」

「そりゃそうだけどな。どいつもこいつも、品物を買っていくわけでもなく揃いも揃って真赤姫、真赤姫って。うちは情報屋じゃないんだぞ」

「別にいいじゃない。ああ、ついでだし情報屋も兼業で始めたら?」

「この金物屋で十分儲けがあるからそんな面倒事は御免被る」

 面倒臭そうに八卦院は顔の前で手を振った。

「じゃあ情報屋を兼業しろとは言わないから、とりあえず今は私に知っていることを教えてよ。この通り! 遊佐の探し人にも関係あるかもしれないことなの!」

 拝むように手を合わせると、八卦院は諦めたような溜息を吐いた。

「……ったく仕様がない奴だな。わかったよ、たまには得意客に奉仕してやるとするか。ただしあまり無茶はするなよ。相手は冥府も危険視しているような奴なんだからな」

「本当!? ありがとう! お礼に今度、稲荷寿司を差し入れしてあげる」

「ああ、ああ。期待している」

 言葉の割にぞんざいな調子で答えて八卦院は立ちあがり、座敷の隅に置かれた文机(ふづくえ)の上から帳面(ちょうめん)を一冊取って来た。

 それをパラパラとめくり、丁度真ん中ほどで手を止めた。

「俺が見た限り例の辻斬り、真赤姫とか呼ばれている奴の得物は俺達の此岸、日本で造られたものと見て間違いない。構造や材質、様式、疑う余地なく日本で造られたものだ。寸尺からすると脇差、それも一番長い長脇差だな」

 やはり遊佐の言った通りだ。彼の言葉を疑うわけではないが、万一ということもある。だがこれだけ証拠が揃えば、真赤姫が遊佐の探し人本人であると考えてほぼ間違いないだろう。

「俺も此岸にいた頃、人間が差しているのを見たことがあるし、この町に来てからも随分扱ったからその辺りはまず間違いない」

「じゃあますます八卦院の領域ってことね」

「そうとも言えない」

 八卦院は眉を顰め、首を横に振って帳面に目を落とした。

「真赤姫の所持していた刀はどう考えても俺が此岸で生きていた時代のものじゃない。少なくとも俺が生きた時代より数百年は後のものだろう。俺はもう此岸の時代区分についてはそれほど詳しくないからシノにも聞いてみたんだが、製造年代は此岸でいうところの明治時代後半から昭和初期といったところじゃないかってことだ」

「明治後半から昭和初期? 随分新しいわね」

 古式ゆかしい衣装の辻斬りの得物というから、てっきり古い時代の(いわ)くある品ではないかと勝手に思い込んでいたのだが既に武士もいない、近代と言っていい時代のものだとは想像もしなかった。

「シノもそう言っていた。六条がこの町に来た頃が含まれるくらいだから、俺にしたらつい最近だ。今の区分では江戸時代半ばまでの作で新刀って呼ばれるんだろう? それに比べたら新しすぎるくらいだな」

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