無題
嵐の夜のことだった。
発達した台風によって雨風が吹きすさび、マンションの下に駐輪された自転車は一方向に倒れている。自販機の横に設置されたゴミ箱が、中身を散らしながら転がっていった。そんな傘をさす意味がない夜、それでも一人の女が傘をさしながら歩いていた。彼女の名前を山田花子という。近くのコンビニでバイトする大学生だ。台風だからといってコンビニは閉まったりしないのだ。22時まで働き、店を出るまではまだ空は大人しかった。帰路も半分過ぎた頃、台風は勢いを増し荒れ狂った。最早傘をさす意味もない程濡れ鼠の彼女だが、それでも申し訳程度に傘をさす。傘を持つ手もぶるぶると震えていた。早く帰ってお風呂に入りたい。それだけが花子の頭を占める。
彼女には何の落ち度もなかった。
ただ運が悪かった。それだけだ。
一際強い風が吹き、花子は踏んばって立ち止まる。傘で視界を遮ったその向こうに、殺傷能力が充分詰まった鉄骨が飛んでくるのが見えて、瞳が驚愕に歪む。――まさか、そんな、ありえない! 彼女の叫びは誰かに届くことはなかった。彼女の口から音が発せられるよりも、鉄骨が到達する方が早かった。
山田花子、享年二十一歳。
あまりにも早すぎる世界との別れだった。
何もかもを真白く染め上げた空間があった。天井も、天井を支える柱も、柱を支える壁も、硬質な石が突き詰められた床も、そこに存在する人ですらも、白以外の色彩は存在しなかった。肌も髪も身に纏う衣も白で統一されたエルフが悲痛な表情で首を振る。精巧な造りの杖を一振りし、杖が音を響かせる。すると世界に色が戻った。白しか存在しなかった部屋は消え失せ、大神殿の大広間がそこにはある。エルフの周りには様々な色彩の種族が立ち並び、エルフを見つめている。エルフが浮かない顔をしているのを見てとって、誰かが落胆の溜め息をついた。
「運命は最悪の方向へ決まってしまいました」
エルフが悲しそうに告げる。輪の中の誰かが悲鳴をあげた。
「もう我等に残された路は一つしかありません」
騎士に周りを囲まれた男が神妙な顔で頷く。表情は暗い。
「直ちに儀式の準備にかかれ」
先程悲鳴を上げた女を中心に人垣が新たな円を成す。その女は真っ赤に装飾された杖を持っていた。女が浮かべた涙を杖の装飾が吸い込んでいく。無色透明だった宝石が淡く光り、消えていく。王は次いで言葉を紡いだ。
「鳴き女、すまない」
赤い杖を持った女はふるふると頭を振る。被った真っ赤なフードのせいで彼女の顔は見えない。それでも次から次へと涙を溢しているらしく、杖が段々と光を増していく。
「私は、幸せでありました」
鳴き女と王に呼ばれた女が口を開く。白のエルフが苦渋の表情で彼女を見つめた。
「父と母に恵まれ、兄弟に恵まれ、夫に恵まれ、子宝に恵まれました。全てをもたらしてくれた、この世界に、運命に感謝いたします。――しかしその運命を、私は拒否します」
突如室内に風が吹き荒れた。赤の女を中心に風は渦巻いていく。顔を覆っていたフードが飛び、端整な顔立ちが露になる。杖が赤く光るせいで、女の顔もまた赤かった。やがて、意を決したように女は目を開く。いつもは黒いはずの瞳が、今は赤く変わっていた。
「定められた運命に変革を!」
高らかに宣言された言葉は亀裂となり、螺旋を描いて空を昇っていく。裂けた時空から鋭い風が吹き込み、室内は荒れた。人々は蹲り、肩を寄せあう。誰もが目を瞑り、嵐が止むのを待った。鳴き女も、杖も、もうこの場にはないことを人々は知っている。だから、祈るのだ。平穏なる魂の安らぎを拒否した彼女の祈りが、叶いますように。 皆の悲願である祈りが、叶いますように。
台風の日に外見てて妄想してた話。
とりあえず書いてみたけど何も考えてません。
続きません。