表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

-3-

初めて抱き合った時、あいつは言った。


『暗くてよく見えないと、本当に砂雪としてるみたいだ』


それから、必ず部屋を暗くするようにした。

昼間は遮光カーテンで太陽の光をシャットアウトし

出来るだけ、自分の姿を見えないようにした。


髪を長くしたのも、女と錯覚させる為…


セックスの間は必ず『蒼ちゃん』と呼ぶ


それでも、体を重ねたのは、あいつをつなぎ止めておくため…



しかし、もう止めなくてはいけない


砂雪が結婚する。

どんなに足掻いても、砂雪は蒼太の元には行かない。

身代わりの自分がいつまでも蒼太の隣にいては、吹っ切る想いも吹っ切れない。


それほど砂雪と容姿は似ていた。


幸せそうに笑った砂雪

同じように蒼太にも幸せになって欲しいと思う



そのためには、蒼太を解放してやらなければいけない




***




昔の夢をみた。

まだ恋愛なんて感情も知らず、ただ仲良く遊ぶだけの三人の夢




砂月が目を開けた時は既に夕方で結局1日、寝て過ごしてしまった。


(腹…減ったなぁ)


砂月はもぞもぞと動き出すと冷蔵庫の中を覗く。

サラダとポテトフライ、揚げ物がラップしてある。


(温めろって事か)


一つため息をつくと、皿を取り出しレンジに突っ込む。

適当にタイマーをセットし、あくびをしながら洗面所に向かう。


(ねむ…)


冷たい水で顔を洗うとなんとなく目が覚める気もする。


砂月はしばらく鏡を見つめていたが、意を決したように洗面所を出た。

暖め終わった食事をそのままに、携帯を取り出す。

(いるかな)

呼び出し音が鳴る。

5コールほどしてから、しゃがれた声が受話器向こうから聞こえてきた。


『三宅か?』

函南かんなみせんせ?」

『どうした?』

「話あんだけど…まだガッコにいんの?」

『いるぞ。研究室に来い』

「りょーかい」



電話を切ると、砂月はレンジから食事を取り出すと、とりあえず腹に入れた

まるで掻き込むように食事を終えると、適当に着替え

そのまま大学へ向かった。






-----それから数日…


砂月が実家に戻ったのは数ヶ月ぶりだった。

年に数回しか戻らない実家

近くなのに、ほとんど寄らない息子におっとりした母親も、少し困り顔だった。


「月ちゃんったら、なかなか帰ってこないんだもの…」

「悪いって。これでも忙しいんだよ」

涙目の母親をやり過ごすと、リビングに行く。


今日は砂雪の相手が挨拶に来るからと、砂月も呼び出された。


「父さんは?」

いつもならリビングで新聞を読んでいる父親の姿がない

「お父さんは外よ。落ち着かないってタバコ吸いに行ったの」

「あそ。やっぱ娘を嫁に出すのは淋しいのかね」

「でしょうねぇ。雪ちゃんは家にずっといたんだもの。淋しいわよ」

「そんなもんかね。まだ砂雪たち戻んないの?」

砂雪は彼氏を迎えに行ったらしい。

「もうすぐじゃないかしら?あぁ~、お母さんまで緊張してきちゃった」

パタパタと忙しなく動く母親に、少し鬱陶しさを感じながら砂月はソファに体を沈める。


しばらくすると玄関の開く音がした。


「ただいまぁ。そこでお父さんに会ったよ」

砂雪の声がする。

どうやら、外にタバコを吸いに行った父親が、一番最初に彼氏と顔を合わせてしまったらしい。


賑やかに複数の声がリビングへ向かってくる。


「砂月、来てたの?」

「よ、砂雪。呼び出しくらった」

「呼び出しってねぇ…。あ、高次さん、双子の弟の砂月」


砂雪に紹介され、砂月は立ち上がると砂雪の隣に並ぶ男に一礼した。


「砂月です、よろしく」

「よろしく、砂月君。森屋高次もりやこうじです」


そう言って手を差し出してきた高次は、背の高い優しげな印象を与えた。



これなら、砂雪も大丈夫


砂月は密かに安心し、「俺、二階にいるから」とその場を後にした。

なんとなく…『娘さんをください』的な場面は苦手で、元自室に籠もることに決めたのだった。



部屋はほとんどの荷物を処分してしまった為、閑散としている。

最も、家に戻ることは少ないから困ることはないが…


砂月はカーテンを開け、隣の家を見る。


隣は蒼太の家。砂月の部屋の向かいは蒼太の部屋になっていて実家にいた頃はベランダから行き来していた。


どうやら蒼太は部屋にいるらしい。

部屋のカーテンにシルエットが時々映る。


砂月は携帯を持ち出すと、蒼太にかけた。


微かに、部屋の向こうから着信音が聞こえてくる。

しばらく鳴ると、『もしもし』と蒼太の声がした。


『砂月か。どうした?またメシか?』

「ちげぇよ。隣、見て見ろよ」

そう言うと、蒼太が部屋のカーテンを開けた。

『戻ってきてたのか』

「砂雪の相手が来てんの。なぁ、そっち行って良い?」

『構わないが…挨拶はいいのか?』

「自己紹介はしたよ」


砂月は笑って電話を切る。同時に窓を開けた。

蒼太の方も同じように窓を開け、砂月に手を伸ばす。


「気をつけろよ」

「大丈夫だって」


砂月は蒼太の手を取ると、ひらりと蒼太の部屋に身を滑り込ませる。


「な?」

「慣れたもんだな」


久しぶりに入った蒼太の部屋

相変わらず、きちんと片付けられている。


"らしいな"などと、つい思ってしまう。


「ガッコあったの?」

机にある教科書を見て、砂月が尋ねた。

「午前中だけな。後は就活だ」


四年のこの時期になると、就職先が決まる学生が多い


「蒼太、就職すんの?」

「一応な。親父の会社を継ごうと思ってる」

蒼太の父親は会社を経営している。

それなりの社員を抱えているので、それを継ぐのは容易ではない。

「会社で働きながら勉強だ」

「すげぇな」

「大した事じゃない。やりたいと思ったからな。砂月はどうするんだ?」


蒼太に話を振られ、砂月は一瞬口を噤んだ。


「おれは…」

「ん?」

「……海外、かな」

「海外?」


さすがに、海外に行くとは思っていなかったのだろう

蒼太はびっくりしたように砂月を見つめる

「留学。この間、研究室のセンセに話してきた。興味が…あったんだ。悩んでたけど……決めた。アメリカに行くことにした」

「そう、か。いいんじゃないか?お前の部屋に英字新聞や海外小説の原版があったのは知ってた。生きた英語を学ぶなら海外に出た方が良い」

「知ってたんだ」


砂月が興味あるもの

あまり部屋に荷物がないのに、やたらそういう物だけ増えるのを、蒼太は気付いていた。


「卒業したら行くのか?」

「いや…年内には行く。向こうに住まいを決めて…向こうの学校に行く前に環境には慣れておきたいし…授業自体は単位も足りてるしセンセの了解も得てる」

「急だな」

「決めたら早い方がいい」


砂月は口元だけで笑うと、蒼太のベッドに腰掛ける。


「だから…もう…おれたちも、以前みたいに戻ろう」

「以前?」

「あぁ。ただの…仲の良い幼なじみ。お前に体求めたりはしねぇよ。蒼太もおれの世話しなくて良いし…」

「そうか」

「悪かったな。青春時代を謳歌出来なくて」


変な沈黙が嫌で、砂月は揶揄する。

蒼太の表情からは、気持ちは計れない


ホッとしているのか


願わくば、少しでも残念に思っていてくれればと思う


空しい夢だと分かってはいるけれど…


「卒業式には帰国すんだろ?」

「あ、うん…そのつもり」

「マンションはどうするんだ?」

「解約する。帰国した時には実家か…ホテルにでも泊まるし…多分、数年は帰らないから」

「なら…俺が住んでも良いか?」

蒼太のいきなりの提案に、砂月は気後れする。

全く予想にしていなかった言葉だったのだ。

「親父の会社に行くのに、親父と一緒に住んでるのはどうもな…。それに俺もそろそろ家を出たかった。お前のとこなら、勝手も分かるし、新たに部屋を探す手間も省けるしな」

「……それは…構わないけど」

「助かるよ」


蒼太は床にあぐらをかく。

「ところで…留学の話は、おじさん達には話したのか?」

「砂雪の事のが大事だろ。落ち着いたら話す。正式に向こうに留学すんのは春からだから、その前には言うつもりだから…」

「そうか」


2人の間に沈黙が流れる。


それを破ったのは、砂月の携帯だった


「もしもし」

『砂月?蒼ちゃんのとこにいるの?』

「あ、あぁ。何?」

『もうすぐ夕飯だよ』

砂雪の声が、蒼太にも届く。

「今行く」

電話を切った砂月の頭を、蒼太が小突く。

「お見通しだな」

「行動がワンパターンかな」

「分かりやすくていいんじゃないか?」

「誉めてないだろ」


ふてくされた砂月は立ち上がると、再びベランダに向かう。


「じゃあな、おじゃましました」

「ベランダから落ちんなよ。」

「落ちねぇよ」


そう言って、ベランダの柵を登る砂月の腰を、蒼太が軽く引き寄せる。

「うっわ…」

バランスを崩し、蒼太の胸に倒れ込む瞬間その額に蒼太の唇が掠める。

「そ…っ」

驚いて蒼太を見上げようとする前に砂月の体はヒョイと持ち上げられ簡単に柵の上に上げられた。

「じゃあな、砂月」

「あ…あぁ…じゃな」


何事も無かったように言われ、砂月もそれ以上は問いかけられなくなる。

仕方がなく、ひらりと自室へ戻った。



なんとなく、自分の額が熱い気がした…。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ