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随分間隔空いてしまってスイマセン
2人が朝食を取る頃には、目玉焼きはすっかり冷めていた。
「いただきます」
新しいシャツを身に纏った砂月は、肩まで長く伸びた自分の髪の毛をピンで留める。
しかし栗色のその髪は、サラサラとすぐに落ちてくる。
「くそっ。ウザ…」
「毎回思うけど…切ればいいんじゃないか?」
蒼太は、マグカップに水を注ぎながら尋ねる
「切らない。これがファッションだ」
「流行りは知らんが…短くても良いと思うけどな」
「いーやーだっ!切ったら、おれ、キレイじゃなくなるし」
無造作に髪をかき上げ、軽く蒼太を睨む。
「おれ、美人なのに、それを活かさなきゃ損だろ」
「男で美人と言われて嬉しいのか?」
理解できないと蒼太は眉をひそめた。
「誉めてるなら嬉しい。女だってカッコイいと言われて喜ぶぞ」
そう言うと、砂月は目玉焼きに箸をつける。
案外頑固なのだ。
もはや何も言うまい…と、蒼太も朝食を取ることにした。
朝食が食べ終わっただけというのに、時刻は昼近かった。
二人でぼんやりとテレビを見てる脇で砂月の携帯が鳴る。
「…砂雪だ」
携帯の液晶に砂雪の名前が出ていた。
確認すると、通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『もしもし、砂月?今家?』
ソプラノの可愛らしい声が耳に届く。
「家。どした?」
『今から行って大丈夫?』
「平気。蒼太もいるよ」
『蒼ちゃん、そっち行ってたんだ。蒼ちゃんにも話したい事があるから一緒に待っててね』
そう言うと電話が切れた。
「砂雪、何だって?」
会話が終わったのを見計らって、蒼太が尋ねた。
「ん?話があるから二人で待ってろって」
「そうか」
「…なんだろうな」
砂雪も何度も砂月の部屋に遊びに来ている。
ワンルームのマンションに、私物があまり無いために三人位来ても狭さを感じない。
『家出したら砂月のとこ来よう』
と砂雪は言っていた。
それでも、家出なんてしたことは無かったが…
***
砂雪は一時間もしないで砂月のとこへ来た。
白いコートに、ふわふわのシフォンスカート
ロングブーツは、今年の流行りもの。
「お邪魔します~」
そう言って砂雪は部屋に入る。
腰まで長い髪の毛は、うねりを知らないストレート
「寒かっただろう?」
砂雪を出迎えたのは蒼太だけだった。
「凄く寒い!あれ?蒼ちゃんだけ?砂月は?」
「砂月はあそこ」
蒼太が顎で指し示す先には、ベッドで眠る砂月の姿。
「深夜勤だったから、疲れたんだろう」
「あらら。んで、蒼ちゃんは、また砂月に呼び出されたの?」
「まぁな」
「やっぱりね。砂月のとこに連絡する前に蒼ちゃんの家寄ったら、おばさんが蒼ちゃんは朝早く出かけたって言うから…」
「そうか」
2人は砂月の眠るベッドの前に座る。
「砂雪、コーヒーで良いか?」
「うん、ありがとう。なんか蒼ちゃんの部屋みたいだね」
まるで、部屋の主のように動く蒼太に砂雪が笑う。
「蒼ちゃん、砂月の事甘やかしちゃダメだよ?いつまでたっても砂月は蒼ちゃんに甘えるんだからっ。少しくらい突き放した方がいいよっ」
「だぁれが、甘えてんだよ」
ブスッとした声と共に砂雪の髪が引っ張られる。
「いったぁ。砂月っ起きてたの?」
「今起きた。近くでおれの悪口言われたら、起きんだろ」
「悪口じゃないわよ。砂月がいつまでも蒼ちゃんに甘えてるって話」
「甘えてねぇよ。蒼太が面倒みてくれんの」
「それが甘えてるって事でしょ?」
姉弟の口げんかに、蒼太は苦笑しながら三人分のコーヒーを用意する。
「ほら、砂雪、コーヒー入ったぞ。砂月も起きたならベッドから降りろ」
「「はぁい」」
二人の声がハモる。
時々、全く同じ行動を取るから見ていて面白い。
「で、砂雪の話ってなんだよ」
ベッドに寄りかかりコーヒーを口にしながら砂月が尋ねる。
「ん~…、あのね。まだお父さんたちには話してないんだけどね…。私、大学卒業したら結婚しようと思うの」
「けっ…こん?」
砂月がポカンと口にする。蒼太も砂雪をジッと見つめた。
「うん。彼氏がね…3つ上なんだけど…卒業したら結婚しようって言ってくれてね」
「卒業したらって、まだ22だぞ?早くないか?」
砂月が思わず体を乗り出して言う。
「大体、これから仕事したりなんだりで楽しい時に結婚って…。他に良いヤツいるかもしれねぇだろ」
「砂月…私はちゃんと考えて結婚決めたの。仕事もして良いって言ってくれた。社会を知らないままはイヤだから…。それにね、今の彼といると幸せなの。ずっと先も、一緒にいたいの」
揺るぎない意志と、相手を信じる気持ち
砂雪からは迷いを感じない
「砂雪…マジで決めたのか?」
「うん。だから最初に砂月と蒼ちゃんに報告したかったの」
「できちゃった婚…じゃなくて?」
「違うわ」
まだ何か言おうとする砂月の背中を、蒼太がポンッと叩く。
「砂雪が決めたことなら祝福する。幸せになるんだろ?」
「蒼ちゃん…ありがと。…決まってるでしょ?幸せになるから結婚するの」
「だとよ。砂月」
「………」
砂月は所在なさげに視線を泳がす。
しかし、何かを決めたように砂雪を見つめた。
「砂雪…別に反対はしねぇよ」
「うん」
「幸せに…なるならな」
「なるよ、砂月」
微笑む砂雪に、ようやく砂月にも笑顔が戻る。
「今度会わせろよ。おれの義兄になんだろ?」
「うん。素敵な人よ」
「母さんたち、びっくりすんな」
「そうね」
クスクスと笑い合う
笑い合う2人を蒼太はホッとしたように見つめた。
双子の2人は、時として自分以上に相手を思いやる。
砂月は砂雪の幸せを願い、砂雪は砂月の幸せを願う。
「砂月も、幸せ見つけてね」
「そう…だな」
一瞬曇るその表情も、すぐに笑顔に戻る。
「砂雪もな。式、あげんだろ?」
「うん。卒業したら、細かい事決めるわ。蒼ちゃんも式に出てね」
「あぁ」
「良かった。じゃあ、私は帰るね」
そう言って砂雪は立ち上がる。
「もう?学校あんのか?」
砂月も立ち上がり伸びをする。
「違うわ。彼氏のとこ。砂月たちに報告したこと話さなきゃ」
「そか。蒼太、送ってやれよ。送ったあとは帰っていいからさ。おれはもう一眠り…かな」
「じゃあ、そうする。砂月、ちゃんと寝ろよ?」
「わかってるよ」
玄関まで2人を見送る。
「じゃあね、砂月。たまには実家に来てよ?」
「だな」
砂雪はヒラヒラと手を振ると玄関を先に出る。
蒼太も靴を履き、砂月を振り返る。
「ゆっくり休め。お前、少し痩せたぞ」
「……そ、かな?」
「夕飯になるようなもの、冷蔵庫に入れておいた。食えよ」
マメな男だ
砂月は苦笑しながら「どうもな」と蒼太を見送る。
誰もいなくなった部屋
ふと、砂月は自分の髪の毛を摘む
「潮時…だよな」
いい加減、止めなければ…
今まで勇気が無かったから言えなかったがそろそろ告げなければならない
いつまでも、鎖でつなぎ止めてるわけにはいかないのだ
砂月は、急に眠気が襲ってきて部屋の片づけもそのままにベッドに倒れ込んだ。