歴史ifコメディ 〜1333年 鎌倉攻防戦〜
1333年5月 鎌倉
鎌倉幕府軍と倒幕軍の戦いは、遂に幕府の本拠地、鎌倉に舞台を移しつつあった。
新田義貞率いる倒幕軍が間近まで迫る中、鎌倉方には諦めの空気が漂う。
三方を急峻な山、残る南側を海に囲まれた天然の要害に加え、数的優位は未だ鎌倉方にあり。
しかし、先の六波羅探題陥落の報を受け、もはや鎌倉の外に味方無しと悟った武士たちの士気は、地に落ちていた。
もう幕府も終わりだ。
誰もがそう思い、ある者は自害を覚悟し、またある者は逃亡•寝返りの算段を立てていたその時、
突如、鎌倉市街を覆う雲から一筋の光が差し込み、そこから源頼朝が顕現したのであった。
「おお、頼朝公じゃ!」
「頼朝公が我らの窮地を憂いて現れてくださったのか?」
「何卒、何卒我らをお救いくだされ。我らに必勝の策をお授けくだされ!!」
口々に助けを求める鎌倉方の武士。
しかし頼朝は、誰に目を合わせるでもなく、地を這うような低い声でこう応えた。
『ころーーーーす。』
「.........は?」
『軟弱者は殺ーーーーす。
逃げる者は殺ーーーーす。
ここに留まる者も殺ーーーーす。
一人当たり首級二つ。
獲って来れぬものは皆、殺ーーーーーーす。』
「う、う......うわあああああああぁっ!!!」
途端に鎌倉全体が阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
鎌倉武士の原初にして最恐最悪のバーサーカー。
開府より140年余の時を経て、身内殺しも満足にできぬ腑抜け共とは別格の濃密な殺気。倒幕軍より1192倍怖い。
そんな頼朝の殺気をもろに浴びた幕府軍は、文字通り死に物狂いで、手近の倒幕軍目指して我先にと駆け出した。
【稲村ヶ崎 新田義貞軍】
「な、なんだ!? 敵は鎌倉に引きこもっているのでは無かったのか!?」
新田義貞が仰天する。
守りの固い各切通し方面から浜沿いに転進し、奇襲を図った新田軍の、なぜか背後から幕府軍が殺到してきたのだ。
「うわあああああああぁっ!!頼朝公が、頼朝公が来るううぅ!!」
「死にたくない! というか死ぬのはともかく頼朝公には殺されたくないいぃっ!!」
「首をっ、首をよこせぇっ!!!」
混乱に陥る新田軍。鬼気迫る幕府軍によって新田義貞は討たれた。
時をほぼ同じくして各切通し方面の倒幕軍もまた壊滅。
しかしそんなことで幕府軍の勢いは止まらない。
いや止まれない。
背後から迫る圧倒的な恐怖から逃げるように、倒幕軍を欲して走り回る。
首が足りない。首を、もっと首を、2個以上の首を!!
そうだ六波羅だ。六波羅には手付かずの首がたくさんあるはずだ。そうだ六波羅に行こう!!
馬が駆ける。その馬の上を武士が駆ける。速度は二倍だ。
明くる日には六波羅に到達した幕府軍。その勢いのまま倒幕軍に襲いかかった。
「よっしゃあ! たくさんの首だぁっ!!」
「ズルいぞ俺にも寄越せっ!!」
「な、なんだこいつらは、何処から湧いて出た!?」(※鎌倉です)
大混乱に陥る六波羅詰めの倒幕軍
その大将、尊氏もあっという間に討ち取られた。
そうして倒幕軍は壊滅。鎌倉幕府軍は圧倒的な勝利を収め、さらにその悪鬼羅刹振りをもって、一度は離反していた全国の御家人を再び束ねたのであった。
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時は過ぎ、令和の世。
幾度かの倒幕の危機も頼朝公の顕現により回避し、鎌倉幕府第55代将軍 源頼朝16世の治世。
かの頼朝公により培われた鎌倉武士の精神は健在だ。
『次のニュースです。本日、内閣不信任案の可決を受けた山本内閣は総辞職、頼朝公により閣僚全員が一族郎党斬首され...』
『米国大使の要求に対し、政府は大使を龍ノ口刑場にて斬首に処し...』
『昨今の身内殺しの減少傾向に、将軍は遺憾の意を示し、猜疑心と野心の教育強化を文科省に指示し...』
おしまい




