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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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ツルヲオル

作者: ハープ
掲載日:2026/07/19


 私が世界で一番嫌いな人間の名前は、ツルと言う。今時流行らないその名前は、一歩間違えればシワシワネームなどと呼ばれて学校でいじめられていたかもしれない。でもツルはそうならなかった。


 なぜならツルは私のクラスの支配者で、そして、いじめの主犯だったからだ。


 高校の入学式で初めてツルを見かけた時、私は彼女の何から何までが気に入らなかった。ぎりぎり先生に怒られない程度に茶色く染めた髪も、メイクもスカート丈の短さも、声のデカさも甲高さも。彼女という人間を構成しているものが全て嫌いだ、と思った。そしてそれと同時に、でもこいつはうちのクラスの権力者になるな、今から機嫌を損ねないようにしておかないと……という予感もしていたのだ。


「ホノカ」と私は隣にいる女子に声をかける。「あっち、行ってみよう」と私は彼女を連れてツルに挨拶をしに行った。第一印象は肝心だ。


 ホノカは私の幼馴染みだ。地味な顔立ち、眼鏡、制服の着こなしも下手で髪にも癖があり、ツルとは正反対の見た目である。おまけにホノカは喋り方がゆっくりで動作ものろく、それらが原因で人をイライラさせるようなところがあった。


 そんなホノカと一緒にツルに挨拶に行っても、ツルは相手にしないかもしれない。場合によっては私の株まで下がるかも。でも幼馴染みを置いていくという選択肢は私にはなかった。この時は、まだ。


 結局その時はツルと私がほとんど喋っていて、ホノカは時折テンポのずれた相槌を打っているだけだった。それでも二人ともクラス内でツルのグループに入ることができたのだから、ひとえにこれは私の功績だろう。


 こうしてツルを中心に私とホノカ、他数名の女子で構成されたグループはクラスの中心となっていった。


 入学式から一ヶ月以上が過ぎた頃、学校行事で体育祭があった。ツルはわりと運動が好きなタイプだったので、私たちのクラスは自然とまとまり、体育祭で結果を残すために練習に励んでいた。


 ホノカは運動が苦手だ。私もこっそり彼女の自主練に付き合ったりしていたけれど、体育の授業での全体練習でも体育祭本番でもボロボロだった。結局他のクラスに負けてしまい、グループのみんなで悔しがるツルを慰めながら下校した。


 その時、ふと、ツルが言った。


「ホノカちゃんのせいで、負けたよね」


 確かにホノカは普段からのろくさい。運動となると、更にその特徴は際立つ。もしホノカがうちのクラスにいなければ、ツルはもっと明るい気持ちで体育祭に挑むことができたかもしれない。でもツルが言いたいことは、私たちに言わせたいことは、そういう客観的な意見ではないということは明らかだった。少なくとも、ホノカ以外のグループの全員がそれを読み取った。


 だからそれはまさに、「鶴の一声」というものだったのかもしれない。


 一瞬、沈黙があった。そしてグループの一人が言った。

 「……そうだね、ホノカちゃんのせいで、……負けたね」


 一人が折れてしまえば、後は早い。ツルの意見にグループのみんなが同調していく。私はホノカの顔を見た。今ホノカがどんな顔をしているのか、見るのが怖かったけれど見た。


 ホノカは、ずっと私を見ていた。何かを乞うように。


 結局私は何も言わなかった。この日の下校中、グループ内の私とホノカ以外の全員がホノカの悪口を言った。ホノカの外見が地味なことや喋るのが遅いこと、滑舌が悪いことなどおよそ運動神経に関係のないことまで彼女たちは口にした。そして、誰もホノカ本人には話しかけなかった。そしてホノカは何も言わず、ずっと同じ視線で私を見ていた。


 私たちのグループは、高校生らしくスマホのグループチャットなんかでもよくやり取りしていて、体育祭があった日の翌日にはもうそこからホノカだけを除いた別のグループを作っていた。作ったのは言うまでもなくツルだ。その新しいグループチャットのメンバーには私も含まれていた。私は黙ってその招待を受け、幼馴染みで友達だったはずのホノカが他人に言葉でこき下ろされるのをただ見ていた。


 それから、ツルがそのチャットに書き込んだ。

「寄せ書きしようよ、ホノカの机に」


 要するに、それはグループのみんなでホノカの机に悪口を書こうということだった。


「いいね! 寄せ書き。中学卒業した時以来だよ〜」とグループの誰かが書き込み、ツルたちは「寄せ書き」を行うことになった。そしてそれをするメンバーの中には、私も勝手に含まれていた。


 そうして寄せ書きは決行された。ホノカの机に、まず大きく「うちらのグループ卒業おめでとう!」とツルが油性ペンで書いた。そして一人一言ずつ、その下に言葉を書いていった。


 私は最後に書いた。私とホノカが幼馴染みであることはツルたちも知っているので、私が書く時にはグループ内に緊張感があったけれど「ホノカの声は聞こえません」と震える手で書き終わった時、ツルが拍手して言った。


「やった〜! 幼馴染みからの言葉、ホノカも絶対喜ぶよ」


 私は、今自分がツルの首を締めて、折ることができたらいいのにと思った。きっとポキっとした、気持ちのいい音が鳴るだろう。


 そうしてツルたちは、ホノカを無視し、意地悪をすることを続けた。寄せ書きは机だけではなく、ホノカのノートや下敷きにも及んだ。私も何度も書いた。家で夜眠る前に、次はどんな言葉を書けばツルが満足してくれるだろうと必死に考えることも一度や二度ではなかった。そして、ホノカは寄せ書きを書くメンバーの中に私がいることを知っているだろうかとふと思い、おそらく筆跡で分かるだろうなと勝手に予想したりもした。


 だって、私たちは幼馴染みなのだから。私だってホノカの書く字は見れば分かる。分かるという自信がある。


 数カ月後、ホノカは、学校に来なくなった。


 ある休日、私は一人で街の図書館に行った帰りにバスに乗っていた。部活か何かの帰りなのか、制服姿の知らない女子二人組が近くの席に座って雑談している。


 その制服は、私とホノカの出身中学のものだった。つまりその二人組は私の後輩ということになる。知り合いではなかったが、一人はスカートが短く、もう一人は眼鏡で見た目だけでいえばなんだかツルとホノカに似ていた。


 スカートが短い方が、眼鏡の方に言った。


「ねえねえ、『千羽鶴の呪い』って知ってる?」


「何それ? 怖い話?」と眼鏡の方が興味津々に反応する。


「おまじないみたいなやつだよ。なんかね、呪いたい人の名前を折り紙の色のついていない方に書いて鶴を折るんだって。千羽。それでその千羽鶴をね……」とスカートの短い方が説明をしていると、バスがちょうどバス停についた。


「あ、降りなきゃ!」と二人は慌てた様子でバスから降りていく。私は呼び止めたかった。


 呪いたい人の名前を書いて、鶴を千羽折る。そうしてその後どうすればいいのだ。その千羽鶴をどうすればいいのだ。捨てる? 燃やす? その後相手は、呪いたい相手はどうなるのだ。怪我をするのか、死ぬのか……死んでくれるのか。


 私の嫌いな、世界で一番嫌いな人は、ツルは。どうすればいなくなってくれるのか。


 私は結局、後輩たちを追いかけることができなかった。ホノカを助けることも、グループの中でツルに抵抗することもできなかった。


 私はその日から、千羽鶴を作り始めた。あの後インターネットで『千羽鶴の呪い』について調べたけれど、めぼしい情報はなかった。よっぽどローカルなおまじないなのか、もしかしたらそもそも話自体があのスカートの短い女子中学生のアドリブだったのか分からないが、それでも私はいつか完全な方法が分かった時のために先に鶴を折っておくことにしたのだ。


 私は鶴を折っている。


 学校で、ツルたちとどうでもいい話をして笑い、家ではグループチャットをこまめにチェックして適度に返信し、宿題をこなしご飯を食べる。


 私は鶴を折っている。


 更に数カ月が経ち、私の部屋の中には折り紙の鶴が散らばるようになり、ホノカはいつの間にか転校し、家族ごと引っ越してもう幼馴染みどころか連絡手段がなくなってしまっても。


 それでもツルはなんのお咎めもなく、茶髪でメイクでミニスカートで学校に来て、取り巻きたちと笑っている。私もそれに合わせて、できるだけ自然に見えるように、ツルの次のターゲットにならないように笑っている。


 目立ちすぎない程度におどけてツルを笑わせながら、私は心の中で思う。


 今日も家に帰ったら、一人で鶴を折ろう。




 

 

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