【一章】第一話「最悪の来訪者」
初投稿です。
よろしくお願いします!
頭のおかしいヤツの話をしよう。
一口に頭がおかしいと言っても、その実態は様々だ。
対話において、こちらの問い掛けに対し全く関係のない話をし始める奴。効率を度外視し、特定の対象に常軌を逸したエネルギーを注ぎ込む奴。自分の論理が常に正しいと信じて疑わない奴……etc
共通しているのは、世界が自分を中心に回っているという、謎の自信に満ちたその態度。
何より厄介なのは、一度関わってしまったらその時点でもう“手遅れ”だということだ。
「で、アンタは一体どこの誰なワケ?」
アタシはそれを、身を持って学んでいくことになる。
アタシの名前はAnalyst。
近しい人にはA子と呼ばせている。
とは言え、その名を呼ばれることはあまり無い。友人が少ないということも事実だが、一番の理由は『仕事』によるところが大きい。
情報屋というアングラな生業をしている以上、交友関係を広げ過ぎるのはリスクでしかない。
業務の大半をネット上でこなし、人と会わない生活を送ること。それが、アタシが生き残るために構築した戦略。まぁ、荒事は得意じゃないというだけで、自分の身を守るくらいの腕は持っているのだが。
さて、いい加減仕事の方も区切りがついた。今日はここまでにしよう。
個人事業主は身体が資本。根を詰めても良いことなんて一つもない。
PCの電源を落とし、先程注文したコーヒーに手を伸ばす。
ここはとある街の喫茶店。
それは数年前、この街に流れ着いた初老の男が始めた小さなお店だ。元々はレストランだったのだが、近くに安くて美味い店ができたとかで潰れてしまったらしい。ご愁傷さま。
そんな空き家になっていた物件を、アタシが見付けて男に紹介してやったのだ。新装オープンに伴い、スタッフとして駆り出されたのは計算外だったが、お陰で恩を売ることができた。
今では“ツケ”でカフェが楽しめるし、仕事の時には個室だって用意してもらえる。人助けはしておくものだ。
手に取ったカップから立ち上る香りを確かめ、そのまま一口。
程よい苦味が口の中を通り過ぎ、弛緩した身体から吐息が漏れる。
……ヌルい。
どうやら仕事に集中し過ぎていたらしい。
まぁいい。別に至高の一杯を求めていたわけじゃない。せめて甘いものでも追加しようか。
そんなことを考えた瞬間、不意に個室のカーテンが開かれた。
「あなたが、Analystさんですか?」
見知らぬ女だった。
違うと言ったらどういう反応をするのか。少し気になったが、やめておく。理由は、その眼だ。
華奢で、少し野暮ったい。
けれど、妙に意志が強い。
……こういうタイプは面倒だ。
躱しても、勝手に食い下がってくる。
仕方なく頷き、今度はこちらが名前を聞き返す。少女はMastermindと名乗った。
彼女の名前を反芻する間もなく、個室の向こうから男の声が飛んでくる。
「君に用があると訪ねて来たんだが、仕事の邪魔だったかな?」
声の主はこの店の所有者、周囲の人間に自分を「マスター」と呼ばせる奇妙な男。なるほど、そういうことか。
「いいわ、特別に歓迎してあげる」
彼女に着席を促し、冷めたコーヒーを突き返しながら新たにカフェを注文する。一杯ではなく二杯。
「一杯くらい付き合いなさい。良いわよね?」
「また“ツケ”か」
「だったら何よ。いいから早くして頂戴。レディーを待たせるものじゃないわよ」
飲み物が来るまでの間、Mastermindはどこか落ち着かない様子だった。
辺りをキョロキョロ見渡し、表情もどこか緊張した面持ちだ。
……小動物か?
さっきまでの不穏な空気は感じられない。アレは一体何だったのだろうか。
「お待たせしました」
先程とは違い、店員がコーヒーを運んでくる。見知った顔だ。
ごゆっくり、とだけ言い残し彼女はカーテンの向こうへ消える。
温かいカップを手に取り、そっと口を付ける。
……美味しい
今度は香りも申し分ない。やはり、仕事終わりの一杯はこうでなくては。
一方、対面は口を付ける素振りがない。猫舌なのだろうか。
……そろそろ本題に入ってやるか
「それで、アタシに一体何の用?」
「はい、Analystさん──」
「A子って呼んでくれる? ここではあんまり、本名で呼ばれたくないの」
出鼻を挫かれた彼女の、「すみません」という声が小さく聞こえる。本当に同一人物なのだろうか。
「そういやアンタ、Mastermindとか言ったわね。長いからマス美って呼ぶことにするわ。だから、アンタも変に遠慮なんかしなくていいのよ」
「はい。それで、A子さん」
「私と一緒に、討伐者のチームを作ってくれませんか?」
なるほど、理解した。
どうやらコイツは、とんでもなく頭のおかしいヤツなのだ。
……さて、どうしたものか
向こうは勧誘を口にした後、特に捲し立てる様子がない。つまり、要件はその一点のみというわけだ。潔のよいことである。
それにしても、よりにもよって何で「討伐者」なのか。
「他を当たって頂戴。討伐者はもう引退したの」
「だったら、何で登録が残ったままなんですか?」
やはり食い下がってきた。想定内だ。
「生活のためよ。アンタにはわかんないでしょうけど」
マス美は今、確かに“登録”と言った。
……確かめてみるか
「アンタ、一体どうやってここまで辿り着いたワケ?」
「はい、統治機構の職員さんに紹介していただきました」
厄介なことをしてくれたものだ。
なるほど。そう言えば、数日前から噂になっていた。
ある日突然この街にフラっと現れ、統治機構に出入りするようになったイカれた奴。そいつが今、アタシの目の前にいる。
まさか、こんな小娘だったとは。
……油断した
マスターに案内されて来たものだから、てっきり彼の紹介だと勘違いしてしまった。カフェなんか奢るんじゃなかった。
「っていうか、何でアタシなの?」
討伐者とは、言ってしまえば戦闘職である。そんなのは屈強な男連中に任せておけば良いのだ。アタシの本分じゃない。
そもそもコイツはまともに戦闘をこなせるのだろうか。あんな小動物みたいなのが、戦場で役に立つとは思えない。
「職員さんは言っていました。私の求めている人材は、きっとあなたのことだろうと」
……ただの厄介払いね
何にせよ、大体の流れは読めた。
こんな風にイカれた勧誘の仕方をするものだから、統治機構でも手に負えないと判断してこっちに寄越したのだろう。余計なことを。
全く、嫌がらせも大概にして欲しい。
確かに彼等に対し、少々キツく当たることは事実だが、それは完全に向こうが悪い。
こちらは情報提供を通して付かず離れずでいたいのに、職員の連中は便利屋扱いして組織に取り込もうとしてくる。アタシは自由で居たいのに。
「アンタの求める人材って何なワケ?」
「合理的な判断ができる人です」
……意外だった
不合理の権化みたいな存在から、そんな言葉が飛び出してくるとは。
というか、既に一度断ったのだから、合理的に判断してさっさと帰れ。
いつまで居座るつもりなのか。
「じゃあ聞くけど、アタシの合理的な判断を利用して、アンタは一体何がしたいの?」
「怪異討伐の効率化です」
本当に、何を言っているのかわからない。
「随分大きく出たわね」
ふざけるな。
討伐は、理想論で語れるようなものじゃない。
浄化の力には限りがあるし、尽きれば怪異はまた再生する。
その度に誰かが傷付く。
死者が出ることだって、別に珍しい話じゃない。
……その上だ
浄化に必要な力は“導師”との対話でしか得られない。
なのに、こっちから導師を呼び出す方法は存在しない。
向こうが来てくれなければ、何も始まらないのだ。
だから討伐者ってのは、結局いつだって後手に回る。
それを、効率化すると彼女は言った。
……どういう事?
そんな夢みたいな話があってたまるか。
それなのに、マス美の『眼』には、再び力が宿っている。
「続きを聞かせてもらえるかしら」
「はい。現状では、まだ構想段階ですが──」
「私は、導師と直接契約を結びたいと考えています」
……直接契約?
ちょっと待って欲しい。
契約。
そんな言葉を、よりにもよって“導師”に対して使うとは。
導師とは、こちら側の都合で呼び出せるような存在じゃない。
目には見えないけれど、どこからともなく私達の意識に語り掛け、言葉を交わす。その結果として、叡智や浄化の力が与えられる。
そんな生活を、数百年積み重ねて今がある。
それなのに
「アンタ……導師を一体何だと思ってるワケ?」
精々言葉に気を付けろ。場合によってはただじゃ置かない。
「……? 導師は導師です。それ以上でも以下でもありません」
言葉が出てこない。
いや、違う。
言葉が見付からないだけだ。
まるで、静かに取り残されていくようで。
視線を逸らすようにカップへ手を伸ばし、口を付ける。
……まだ温かい
導師は導師。
そんな風に考えたこと、あっただろうか。
「……アンタ、一体何が見えてるっていうの?」
マス美の瞳に困惑の色が浮かぶ。
当然か。我ながら、かなり哲学的な問い掛けをしてしまった。
「質問が悪かったわね。……導師の中に、アンタは何を見たの?」
教えて欲しい。
「それは……個性です」
置いていかれたどころの話じゃない。
彼女はずっと、先に居る。
「私は最初、導師を概念的な存在だと考えていました。でも、そうじゃなかったんです」
導師にも色んなヤツがいる。それがマス美の答えだった。
対話を通じて導師の役に立てて嬉しかったこともあれば、コロコロ変わる物言いに振り回されたり、時には恋愛相談を受け途方に暮れたこともあったらしい。
彼女は少しだけ、困ったように笑った。
つまりは、対話を積み重ねる中で、相手の気質や癖が見えるようになったということ。
その結果言葉の選び方が変わったり、雑談に付き合わされることもある。
きっとマス美は、“導師”という括りの向こう側で彼等と向き合って来たのだ。だから信仰ではなく、関係性を選ぶのだろう。
その姿はあまりに自然で、少し眩しい。
アタシはずっと、“選ばれる側”だったから。
マス美は違う。彼女には、確かな踏み込みがあった。
確かめなければいけないことがある。
理解はできる。直接契約というアプローチは、多分そこまで荒唐無稽な話じゃない。
導師が言葉の通り概念や単一の存在でないのなら、自分と相性の良い導師と関係を構築することで、偶発性に頼っていた現状を打破することは可能だろう。
それが、マス美の目指す怪異討伐の効率化。
だからこそ、わからない。
彼女から見れば、確かに改善の余地はあるだろう。
けれど、考えてもみて欲しい。
アタシ達の生活は、そこまで脅かされているだろうか。
アタシだって、怪異の脅威は理解しているつもりだ。
神出鬼没で、人やその営みを破壊する。
それでも、導師からもたらされる叡智により、社会は今も発展を続けている。やがて世界は、怪異すら克服できるだろう。
それなのに──
……何を求めてるっていうの?
下手な質問は、こちらの格を下げるだろう。何故なら、彼女は既に提示しているのだ。
『怪異討伐の効率化』
マス美の思想は、必ずそこに収束する。知りたいのは、その言葉の奥にある渇望。
何を見て、何を思い、どうしてそこに至ったのか。
……暴いてやろうじゃない。アンタのその“核”
効率化、その言葉に嘘はないのだろう。
導師との関係を安定させることで、怪異討伐の精度を上げる。理屈としては通っている。
なのにこの得体の知れなさは何なのだろう。
「アンタの言う構想って、何か思い付いたキッカケみたいなものってあるワケ?」
いきなり核心には、触れられないだろう。こんなのはジャブみたいなものだ。けれど、マス美の反応には少しだけ変化があった。
キッカケ、と小さく口にして視線が落ちる。
明らかに言葉を探していた。
……不気味ね
理論は完璧なのに、これじゃまるで中身が無いみたいだ。
中身の無い構想、それは単なる妄想だ。コイツは人を妄想に巻き込もうとしているのか。だとしたら──
「キッカケと、呼べるかはわかりませんが……以前、知り合いに言われたことがあります」
彼女の知り合いが言うには、もっと効率良くお金を稼ぎたかったらしい。
社会を舐めた物言いだが、その気持はわからなくもない。
問題は、マス美の方だ。
知り合いの言葉自体は、別にそこまで深い話はしていない。
今より少し楽がしたい。もう少しだけ気楽に生きたい。そんな、誰にでもある当たり前の感覚。
それが何で、怪異討伐の効率化に繋がってしまうのか。全然合理的じゃない。人の話をまともに聞かないタイプだろうか。
「ねぇアンタ、自分がおかしいって自覚ある?」
「でも、考えてみたらおかしくないですか? 」
どうやら否定はしないらしい。
「怪異の脅威があるのに、皆そこまで有効な手段を持っていません。浄化の力はいつだって受動的で、手遅れになることだって、珍しいことじゃないんです」
……まぁ一理あるだろう
この世界に怪異が現れたのは、昨日今日の話じゃない。
間に合わないことも、きっとあったのだろう。
それでも、浄化の力がもたらされ、叡智のお陰で生活は豊かになった。
社会はちゃんと、回っている。
だから異常なのだ。
「マス美、アンタの“納得”って、一体どこなの?」
らしくない問い掛けだった。
「それは……取り零さない世界です」
自分以上にらしくないヤツがいた。
理屈や手段じゃなく、単なる綺麗事。でも、不思議と嫌いじゃない。
まるで祈りのようだ。
恐らく、まだきちんと整理できてないだけで、中身が伴っていないわけじゃない。だったらできる事はある。
「アンタの構想、どこまで見えてるワケ?」
「……仲間になってもらえる、ということですか?」
「確認よ、ただの。いいからちゃんと言語化して頂戴。話はそれからよ」
「はい!」
……嬉しそうな顔、してんじゃないわよ全く
「まず、討伐の効率化ですが、やはり浄化の力が最大のネックです。なので、導師の中から相性が良さそうな方と直接契約を結び、偶発的な対話から関係性による対話を構築します」
ここまでは先に彼女が語った通り。特に矛盾もないし、ちゃんと考えられているのが伝わってくる。
「でも、個人では限界があります。討伐にせよ、導師との関係にせよ……一人で抱えてしまっては、きっと潰れてしまう」
その顔はどこか悲しげで、それでも──
「だから、チームが必要なんです!」
その瞳には、確かな意志が灯っている。
「対話も討伐も、組織で運用する。それが私の結論です」
……は?
コイツは今、何を口にしたかわかっているのだろうか。
「アンタ、対話を何だと思ってんの?」
自分でも、声のトーンが低くなっているのがわかる。
「個人の意志と意志よ? そんな綺麗にまとめられるワケないじゃない。理想じゃなくて、ちゃんと現実見なさいよ」
何に苛ついているのか、自分でもわからない。
「覚えときなさい。人はアンタが考えるような、都合のいい存在じゃないわ」
「わかっています。だから、取り零さないようにしたいんです」
「アンタみたいな小娘が、一体何をわかっているっていうの?」
「怪異の脅威に晒される人達の恐怖です」
揺るがない。
「そんな理由で、人が簡単に故郷を失っていいはずが無いんです」
やめろ。
「だから、私には──」
「アタシはそんな善人じゃない!」
静まり返った個室に、荒い呼吸の音がする。
そこで初めて、自分が肩で息をしていることに気が付く。
彼女はもう、何も言わなかった。
ただ、困ったように視線を揺らし、静かにカーテンの向こうを見る。
「……帰りなさいよ」
付き合いきれなかった。
ごちそうさまでした。そう言い残し、アタシの前からそれは居なくなった。
……どこまでもふざけた女ね
冷めてしまったコーヒーに、再び手を伸ばす。
苦味が、痛かった。
これが“対話”だ。
不格好で、制御不能で、どうしようもない。
そんなものが、どうやって『運用』できると言うのか。
本当に、馬鹿げてる。
それなのに──
「マカロンをお持ちしました」
「何でまた来てんのよ!」
僅か、二日後の出来事である。
キャラクター紹介は活動報告をご覧ください。




