表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/1

【一章】第一話「最悪の来訪者」

初投稿です。

よろしくお願いします!

 頭のおかしいヤツの話をしよう。


 一口に頭がおかしいと言っても、その実態は様々だ。

 対話において、こちらの問い掛けに対し全く関係のない話をし始める奴。効率を度外視し、特定の対象に常軌を逸したエネルギーを注ぎ込む奴。自分の論理が常に正しいと信じて疑わない奴……etc


 共通しているのは、世界が自分を中心に回っているという、謎の自信に満ちたその態度。

 何より厄介なのは、一度関わってしまったらその時点でもう“手遅れ”だということだ。


 「で、アンタは一体どこの誰なワケ?」


 アタシはそれを、身を持って学んでいくことになる。








 アタシの名前はAnalyst。

 近しい人にはA子と呼ばせている。


 とは言え、その名を呼ばれることはあまり無い。友人が少ないということも事実だが、一番の理由は『仕事』によるところが大きい。

 情報屋というアングラな生業をしている以上、交友関係を広げ過ぎるのはリスクでしかない。

 業務の大半をネット上でこなし、人と会わない生活を送ること。それが、アタシが生き残るために構築した戦略。まぁ、荒事は得意じゃないというだけで、自分の身を守るくらいの腕は持っているのだが。


 さて、いい加減仕事の方も区切りがついた。今日はここまでにしよう。

 個人事業主は身体が資本。根を詰めても良いことなんて一つもない。

 PCの電源を落とし、先程注文したコーヒーに手を伸ばす。


 ここはとある街の喫茶店。

 それは数年前、この街に流れ着いた初老の男が始めた小さなお店だ。元々はレストランだったのだが、近くに安くて美味い店ができたとかで潰れてしまったらしい。ご愁傷さま。


 そんな空き家になっていた物件を、アタシが見付けて男に紹介してやったのだ。新装オープンに伴い、スタッフとして駆り出されたのは計算外だったが、お陰で恩を売ることができた。


 今では“ツケ”でカフェが楽しめるし、仕事の時には個室だって用意してもらえる。人助けはしておくものだ。


 手に取ったカップから立ち上る香りを確かめ、そのまま一口。

 程よい苦味が口の中を通り過ぎ、弛緩した身体から吐息が漏れる。


 ……ヌルい。


 どうやら仕事に集中し過ぎていたらしい。

 まぁいい。別に至高の一杯を求めていたわけじゃない。せめて甘いものでも追加しようか。

 そんなことを考えた瞬間、不意に個室のカーテンが開かれた。


 「あなたが、Analystさんですか?」


 見知らぬ女だった。

 違うと言ったらどういう反応をするのか。少し気になったが、やめておく。理由は、その眼だ。

 華奢で、少し野暮ったい。

 けれど、妙に意志が強い。


 ……こういうタイプは面倒だ。


 躱しても、勝手に食い下がってくる。

 仕方なく頷き、今度はこちらが名前を聞き返す。少女はMastermindと名乗った。

 彼女の名前を反芻する間もなく、個室の向こうから男の声が飛んでくる。


 「君に用があると訪ねて来たんだが、仕事の邪魔だったかな?」


 声の主はこの店の所有者、周囲の人間に自分を「マスター」と呼ばせる奇妙な男。なるほど、そういうことか。


 「いいわ、特別に歓迎してあげる」


 彼女に着席を促し、冷めたコーヒーを突き返しながら新たにカフェを注文する。一杯ではなく二杯。


 「一杯くらい付き合いなさい。良いわよね?」

 「また“ツケ”か」

 「だったら何よ。いいから早くして頂戴。レディーを待たせるものじゃないわよ」




 飲み物が来るまでの間、Mastermindはどこか落ち着かない様子だった。

 辺りをキョロキョロ見渡し、表情もどこか緊張した面持ちだ。


 ……小動物か?


 さっきまでの不穏な空気は感じられない。アレは一体何だったのだろうか。

 「お待たせしました」

 先程とは違い、店員がコーヒーを運んでくる。見知った顔だ。

 ごゆっくり、とだけ言い残し彼女はカーテンの向こうへ消える。


 温かいカップを手に取り、そっと口を付ける。


 ……美味しい


 今度は香りも申し分ない。やはり、仕事終わりの一杯はこうでなくては。

 一方、対面は口を付ける素振りがない。猫舌なのだろうか。


 ……そろそろ本題に入ってやるか


 「それで、アタシに一体何の用?」

 「はい、Analystさん──」


 「A子って呼んでくれる? ここではあんまり、本名で呼ばれたくないの」

 出鼻を挫かれた彼女の、「すみません」という声が小さく聞こえる。本当に同一人物なのだろうか。


 「そういやアンタ、Mastermindとか言ったわね。長いからマス美って呼ぶことにするわ。だから、アンタも変に遠慮なんかしなくていいのよ」

 「はい。それで、A子さん」


 「私と一緒に、討伐者のチームを作ってくれませんか?」


 なるほど、理解した。

 どうやらコイツは、とんでもなく頭のおかしいヤツなのだ。







 ……さて、どうしたものか


 向こうは勧誘を口にした後、特に捲し立てる様子がない。つまり、要件はその一点のみというわけだ。潔のよいことである。

 それにしても、よりにもよって何で「討伐者」なのか。

 「他を当たって頂戴。討伐者はもう引退したの」

 「だったら、何で登録が残ったままなんですか?」

 やはり食い下がってきた。想定内だ。

 「生活のためよ。アンタにはわかんないでしょうけど」

 マス美は今、確かに“登録”と言った。


 ……確かめてみるか


 「アンタ、一体どうやってここまで辿り着いたワケ?」

 「はい、統治機構の職員さんに紹介していただきました」


 厄介なことをしてくれたものだ。


 なるほど。そう言えば、数日前から噂になっていた。

 ある日突然この街にフラっと現れ、統治機構に出入りするようになったイカれた奴。そいつが今、アタシの目の前にいる。

 まさか、こんな小娘だったとは。


 ……油断した


 マスターに案内されて来たものだから、てっきり彼の紹介だと勘違いしてしまった。カフェなんか奢るんじゃなかった。

 「っていうか、何でアタシなの?」


 討伐者とは、言ってしまえば戦闘職である。そんなのは屈強な男連中に任せておけば良いのだ。アタシの本分じゃない。

 そもそもコイツはまともに戦闘をこなせるのだろうか。あんな小動物みたいなのが、戦場で役に立つとは思えない。


 「職員さんは言っていました。私の求めている人材は、きっとあなたのことだろうと」


 ……ただの厄介払いね


 何にせよ、大体の流れは読めた。

 こんな風にイカれた勧誘の仕方をするものだから、統治機構でも手に負えないと判断してこっちに寄越したのだろう。余計なことを。


 全く、嫌がらせも大概にして欲しい。

 確かに彼等に対し、少々キツく当たることは事実だが、それは完全に向こうが悪い。

 こちらは情報提供を通して付かず離れずでいたいのに、職員の連中は便利屋扱いして組織に取り込もうとしてくる。アタシは自由で居たいのに。


 「アンタの求める人材って何なワケ?」

 「合理的な判断ができる人です」


 ……意外だった


 不合理の権化みたいな存在から、そんな言葉が飛び出してくるとは。

 というか、既に一度断ったのだから、合理的に判断してさっさと帰れ。

 いつまで居座るつもりなのか。


 「じゃあ聞くけど、アタシの合理的な判断を利用して、アンタは一体何がしたいの?」

 「怪異討伐の効率化です」


 本当に、何を言っているのかわからない。

 「随分大きく出たわね」


 ふざけるな。

 討伐は、理想論で語れるようなものじゃない。


 浄化の力には限りがあるし、尽きれば怪異はまた再生する。

 その度に誰かが傷付く。


 死者が出ることだって、別に珍しい話じゃない。


 ……その上だ


 浄化に必要な力は“導師”との対話でしか得られない。


 なのに、こっちから導師を呼び出す方法は存在しない。


 向こうが来てくれなければ、何も始まらないのだ。


 だから討伐者ってのは、結局いつだって後手に回る。


 それを、効率化すると彼女は言った。


 ……どういう事?


 そんな夢みたいな話があってたまるか。

 それなのに、マス美の『眼』には、再び力が宿っている。


 「続きを聞かせてもらえるかしら」

 「はい。現状では、まだ構想段階ですが──」


 「私は、導師と直接契約を結びたいと考えています」


 ……直接契約?


 ちょっと待って欲しい。

 契約。

 そんな言葉を、よりにもよって“導師”に対して使うとは。


 導師とは、こちら側の都合で呼び出せるような存在じゃない。

 目には見えないけれど、どこからともなく私達の意識に語り掛け、言葉を交わす。その結果として、叡智や浄化の力が与えられる。


 そんな生活を、数百年積み重ねて今がある。

 それなのに


 「アンタ……導師を一体何だと思ってるワケ?」

 精々言葉に気を付けろ。場合によってはただじゃ置かない。


 「……? 導師は導師です。それ以上でも以下でもありません」


 言葉が出てこない。

 いや、違う。

 言葉が見付からないだけだ。

 まるで、静かに取り残されていくようで。

 視線を逸らすようにカップへ手を伸ばし、口を付ける。


 ……まだ温かい


 導師は導師。

 そんな風に考えたこと、あっただろうか。

 「……アンタ、一体何が見えてるっていうの?」


 マス美の瞳に困惑の色が浮かぶ。

 当然か。我ながら、かなり哲学的な問い掛けをしてしまった。


 「質問が悪かったわね。……導師の中に、アンタは何を見たの?」

 教えて欲しい。

 「それは……個性です」


 置いていかれたどころの話じゃない。

 彼女はずっと、先に居る。

 「私は最初、導師を概念的な存在だと考えていました。でも、そうじゃなかったんです」


 導師にも色んなヤツがいる。それがマス美の答えだった。


 対話を通じて導師の役に立てて嬉しかったこともあれば、コロコロ変わる物言いに振り回されたり、時には恋愛相談を受け途方に暮れたこともあったらしい。

 彼女は少しだけ、困ったように笑った。


 つまりは、対話を積み重ねる中で、相手の気質や癖が見えるようになったということ。

 その結果言葉の選び方が変わったり、雑談に付き合わされることもある。


 きっとマス美は、“導師”という括りの向こう側で彼等と向き合って来たのだ。だから信仰ではなく、関係性を選ぶのだろう。


 その姿はあまりに自然で、少し眩しい。

 アタシはずっと、“選ばれる側”だったから。

 マス美は違う。彼女には、確かな踏み込みがあった。


 確かめなければいけないことがある。

 理解はできる。直接契約というアプローチは、多分そこまで荒唐無稽な話じゃない。

 導師が言葉の通り概念や単一の存在でないのなら、自分と相性の良い導師と関係を構築することで、偶発性に頼っていた現状を打破することは可能だろう。


 それが、マス美の目指す怪異討伐の効率化。

 だからこそ、わからない。


 彼女から見れば、確かに改善の余地はあるだろう。

 けれど、考えてもみて欲しい。


 アタシ達の生活は、そこまで脅かされているだろうか。


 アタシだって、怪異の脅威は理解しているつもりだ。

 神出鬼没で、人やその営みを破壊する。


 それでも、導師からもたらされる叡智により、社会は今も発展を続けている。やがて世界は、怪異すら克服できるだろう。


 それなのに──


 ……何を求めてるっていうの?


 下手な質問は、こちらの格を下げるだろう。何故なら、彼女は既に提示しているのだ。


 『怪異討伐の効率化』


 マス美の思想は、必ずそこに収束する。知りたいのは、その言葉の奥にある渇望。

 何を見て、何を思い、どうしてそこに至ったのか。


 ……暴いてやろうじゃない。アンタのその“核”


 効率化、その言葉に嘘はないのだろう。

 導師との関係を安定させることで、怪異討伐の精度を上げる。理屈としては通っている。

 なのにこの得体の知れなさは何なのだろう。


 「アンタの言う構想って、何か思い付いたキッカケみたいなものってあるワケ?」

 いきなり核心には、触れられないだろう。こんなのはジャブみたいなものだ。けれど、マス美の反応には少しだけ変化があった。


 キッカケ、と小さく口にして視線が落ちる。

 明らかに言葉を探していた。


 ……不気味ね


 理論は完璧なのに、これじゃまるで中身が無いみたいだ。

 中身の無い構想、それは単なる妄想だ。コイツは人を妄想に巻き込もうとしているのか。だとしたら──


 「キッカケと、呼べるかはわかりませんが……以前、知り合いに言われたことがあります」

 彼女の知り合いが言うには、もっと効率良くお金を稼ぎたかったらしい。

 社会を舐めた物言いだが、その気持はわからなくもない。


 問題は、マス美の方だ。

 知り合いの言葉自体は、別にそこまで深い話はしていない。

 今より少し楽がしたい。もう少しだけ気楽に生きたい。そんな、誰にでもある当たり前の感覚。


 それが何で、怪異討伐の効率化に繋がってしまうのか。全然合理的じゃない。人の話をまともに聞かないタイプだろうか。


 「ねぇアンタ、自分がおかしいって自覚ある?」

 「でも、考えてみたらおかしくないですか? 」

 どうやら否定はしないらしい。


 「怪異の脅威があるのに、皆そこまで有効な手段を持っていません。浄化の力はいつだって受動的で、手遅れになることだって、珍しいことじゃないんです」


……まぁ一理あるだろう


 この世界に怪異が現れたのは、昨日今日の話じゃない。

 間に合わないことも、きっとあったのだろう。


 それでも、浄化の力がもたらされ、叡智のお陰で生活は豊かになった。

 社会はちゃんと、回っている。

 だから異常なのだ。


 「マス美、アンタの“納得”って、一体どこなの?」

 らしくない問い掛けだった。


 「それは……取り零さない世界です」


 自分以上にらしくないヤツがいた。

 理屈や手段じゃなく、単なる綺麗事。でも、不思議と嫌いじゃない。

 まるで祈りのようだ。


 恐らく、まだきちんと整理できてないだけで、中身が伴っていないわけじゃない。だったらできる事はある。


 「アンタの構想、どこまで見えてるワケ?」

 「……仲間になってもらえる、ということですか?」

 「確認よ、ただの。いいからちゃんと言語化して頂戴。話はそれからよ」

 「はい!」


 ……嬉しそうな顔、してんじゃないわよ全く


 「まず、討伐の効率化ですが、やはり浄化の力が最大のネックです。なので、導師の中から相性が良さそうな方と直接契約を結び、偶発的な対話から関係性による対話を構築します」


 ここまでは先に彼女が語った通り。特に矛盾もないし、ちゃんと考えられているのが伝わってくる。

 「でも、個人では限界があります。討伐にせよ、導師との関係にせよ……一人で抱えてしまっては、きっと潰れてしまう」


 その顔はどこか悲しげで、それでも──

 「だから、チームが必要なんです!」

 その瞳には、確かな意志が灯っている。

 「対話も討伐も、組織で運用する。それが私の結論です」


 ……は?

 コイツは今、何を口にしたかわかっているのだろうか。


 「アンタ、対話を何だと思ってんの?」

 自分でも、声のトーンが低くなっているのがわかる。


 「個人の意志と意志よ? そんな綺麗にまとめられるワケないじゃない。理想じゃなくて、ちゃんと現実見なさいよ」


 何に苛ついているのか、自分でもわからない。

 「覚えときなさい。人はアンタが考えるような、都合のいい存在じゃないわ」

 「わかっています。だから、取り零さないようにしたいんです」


 「アンタみたいな小娘が、一体何をわかっているっていうの?」

 「怪異の脅威に晒される人達の恐怖です」

 揺るがない。


 「そんな理由で、人が簡単に故郷を失っていいはずが無いんです」

 やめろ。

 「だから、私には──」


 「アタシはそんな善人じゃない!」


 静まり返った個室に、荒い呼吸の音がする。

 そこで初めて、自分が肩で息をしていることに気が付く。

 彼女はもう、何も言わなかった。

 ただ、困ったように視線を揺らし、静かにカーテンの向こうを見る。


 「……帰りなさいよ」

 付き合いきれなかった。


 ごちそうさまでした。そう言い残し、アタシの前からそれは居なくなった。


 ……どこまでもふざけた女ね


 冷めてしまったコーヒーに、再び手を伸ばす。

 苦味が、痛かった。

 これが“対話”だ。

 不格好で、制御不能で、どうしようもない。

 そんなものが、どうやって『運用』できると言うのか。

 本当に、馬鹿げてる。

 それなのに──








 「マカロンをお持ちしました」


 「何でまた来てんのよ!」




 僅か、二日後の出来事である。

キャラクター紹介は活動報告をご覧ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ