グローバルドリーマー
ベトナム北部のある村で、ミン(25歳)は毎晩同じ夢を見ていた。
日本で3年働けば、家族の借金を返し、新しい家を建て、妹を大学に行かせてあげられる。
村では、日本から帰ってきた若者たちが「成功者」として語られていた。
スマートフォン、バイク、新しい家——その姿に、ミンの心も揺れた。
ある日、送り出し機関の男がやってきた。
「手数料は1500万ドン(約90万円)。日本なら月20万円以上稼げる。3年で借金は返せるよ」
ミンは深く考えなかった。
契約書は難しい言葉ばかりで、細かい説明もなかった。
手数料の内訳も曖昧だったが、「みんな同じだ」と言われ、不安を押し込んだ。
家族は土地を担保に借金をした。
村中の期待を背負い、ミンは日本へ向かった。
配属先は千葉のイチゴ農家だった。
朝4時に起き、夜9時まで働く。
ビニールハウスの中で、ずっと腰を曲げたまま。
膝は腫れ、指には血豆ができた。
給料は、約束と違っていた。
時給は約800円。残業代は支払われない。
寮費と食費を引かれ、手取りは月8万円ほど。
「月20万円」は現実には存在しなかった。
借金返済と仕送りをすれば、手元に残るのはわずかだった。
疲労と不安で、眠れない日が続いた。
監理団体に相談しても、「我慢しろ」と言われるだけだった。
ある雨の夜、同じ村の友人フンから連絡が来た。
「ミン、俺はもう実習やめた。もっと稼げる仕事がある」
フンの声は明るかった。
東京近郊で自由に暮らしているという。
「ボドイに入れば、1日で今月の給料の倍だ」
ミンは迷った。
このままでは借金は減らない。
だが、逃げれば在留資格を失う。
その夜、ほとんど眠れなかった。
そして数日後、ミンは姿を消した。
最初の仕事は「荷物を運ぶだけ」だった。
中身は知らなくていいと言われた。
だが、それは盗まれた化粧品だった。
次は「荷物を受け取る仕事」。
それが空き巣の受け取り役だと気づいたときには、もう断れなかった。
「簡単な仕事だ。みんなやっている」
そう言われ、気づけば次の指示が来る。
少しずつ、後戻りできなくなっていった。
やがて、はっきりとしたノルマが課された。
「週に3件。できなければ借金は増える」
指示はすべてSNS。
顔も知らない相手から命令が届く。
失敗すれば罰金。
逆らえば脅迫。
「家族に連絡するぞ」
ミンは完全に縛られていた。
与えられた役割は、侵入窃盗の偵察だった。
夜の住宅街を歩き回り、防犯カメラの死角を探す。
捕まれば強制送還。
だが逃げても、借金と脅しからは逃れられない。
心は少しずつ壊れていった。
「もうやめたい…」
ミンはフンにメッセージを送った。
返ってきたのは冷たい言葉だった。
「逃げたら終わりだ。借金はもう倍以上だぞ。稼ぐしかない」
ある夜、大規模な窃盗の実行役に選ばれた。
成功すれば借金は減る。
そう言われた。
しかし現場で警報が鳴り響いた。
ミンたちは散り散りに逃げた。
暗い路地裏で、ミンは震える手で母に電話をかけた。
「母さん…ごめん……」
それ以上、言葉は続かなかった。
数日後、ミンは逮捕された。
不法滞在、窃盗、組織犯罪。
ベトナムに残された家族は、担保にした土地を失った。
妹の進学は叶わなかった。
母は体調を崩した。
ミンは今、収容施設で天井を見つめている。
かつて信じた夢は、もうどこにもない。
◆あとがき(啓発)
この物語は、多くの技能実習生が直面する現実をもとにしています。
日本で働くこと自体が危険なのではありません。
問題は、不透明な契約や過度な借金、そして逃げ場のない状況です。
同じ状況を避けるために、次の点を必ず確認してください。
手数料が法律の上限を超えていないか
契約内容を自分の言葉で理解しているか(通訳を利用する)
給与・労働時間・控除の内容が明記されているか
困ったときに相談できる公的機関の連絡先を持っているか
問題が起きた場合は、一人で抱え込まず、
在ベトナム日本大使館や信頼できる支援団体に相談してください。
違法な仕事は、状況を良くするどころか、さらに深刻な結果を招きます。
あなたの未来は、危険な選択ではなく、安全で正しい道によって守られるべきものです。




