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グローバルドリーマー

作者: 藤林保芥
掲載日:2026/05/04

ベトナム北部のある村で、ミン(25歳)は毎晩同じ夢を見ていた。

日本で3年働けば、家族の借金を返し、新しい家を建て、妹を大学に行かせてあげられる。

村では、日本から帰ってきた若者たちが「成功者」として語られていた。

スマートフォン、バイク、新しい家——その姿に、ミンの心も揺れた。


ある日、送り出し機関の男がやってきた。

「手数料は1500万ドン(約90万円)。日本なら月20万円以上稼げる。3年で借金は返せるよ」

ミンは深く考えなかった。

契約書は難しい言葉ばかりで、細かい説明もなかった。

手数料の内訳も曖昧だったが、「みんな同じだ」と言われ、不安を押し込んだ。

家族は土地を担保に借金をした。

村中の期待を背負い、ミンは日本へ向かった。


配属先は千葉のイチゴ農家だった。

朝4時に起き、夜9時まで働く。

ビニールハウスの中で、ずっと腰を曲げたまま。

膝は腫れ、指には血豆ができた。

給料は、約束と違っていた。

時給は約800円。残業代は支払われない。

寮費と食費を引かれ、手取りは月8万円ほど。

「月20万円」は現実には存在しなかった。

借金返済と仕送りをすれば、手元に残るのはわずかだった。

疲労と不安で、眠れない日が続いた。

監理団体に相談しても、「我慢しろ」と言われるだけだった。


ある雨の夜、同じ村の友人フンから連絡が来た。

「ミン、俺はもう実習やめた。もっと稼げる仕事がある」

フンの声は明るかった。

東京近郊で自由に暮らしているという。

「ボドイに入れば、1日で今月の給料の倍だ」

ミンは迷った。

このままでは借金は減らない。

だが、逃げれば在留資格を失う。

その夜、ほとんど眠れなかった。

そして数日後、ミンは姿を消した。


最初の仕事は「荷物を運ぶだけ」だった。

中身は知らなくていいと言われた。

だが、それは盗まれた化粧品だった。

次は「荷物を受け取る仕事」。

それが空き巣の受け取り役だと気づいたときには、もう断れなかった。

「簡単な仕事だ。みんなやっている」

そう言われ、気づけば次の指示が来る。

少しずつ、後戻りできなくなっていった。


やがて、はっきりとしたノルマが課された。

「週に3件。できなければ借金は増える」

指示はすべてSNS。

顔も知らない相手から命令が届く。

失敗すれば罰金。

逆らえば脅迫。

「家族に連絡するぞ」

ミンは完全に縛られていた。

与えられた役割は、侵入窃盗の偵察だった。

夜の住宅街を歩き回り、防犯カメラの死角を探す。

捕まれば強制送還。

だが逃げても、借金と脅しからは逃れられない。

心は少しずつ壊れていった。


「もうやめたい…」

ミンはフンにメッセージを送った。

返ってきたのは冷たい言葉だった。

「逃げたら終わりだ。借金はもう倍以上だぞ。稼ぐしかない」

ある夜、大規模な窃盗の実行役に選ばれた。

成功すれば借金は減る。

そう言われた。

しかし現場で警報が鳴り響いた。

ミンたちは散り散りに逃げた。


暗い路地裏で、ミンは震える手で母に電話をかけた。

「母さん…ごめん……」

それ以上、言葉は続かなかった。

数日後、ミンは逮捕された。

不法滞在、窃盗、組織犯罪。

ベトナムに残された家族は、担保にした土地を失った。

妹の進学は叶わなかった。

母は体調を崩した。


ミンは今、収容施設で天井を見つめている。

かつて信じた夢は、もうどこにもない。



◆あとがき(啓発)

この物語は、多くの技能実習生が直面する現実をもとにしています。

日本で働くこと自体が危険なのではありません。

問題は、不透明な契約や過度な借金、そして逃げ場のない状況です。

同じ状況を避けるために、次の点を必ず確認してください。


 手数料が法律の上限を超えていないか

 契約内容を自分の言葉で理解しているか(通訳を利用する)

 給与・労働時間・控除の内容が明記されているか

 困ったときに相談できる公的機関の連絡先を持っているか

問題が起きた場合は、一人で抱え込まず、

在ベトナム日本大使館や信頼できる支援団体に相談してください。


違法な仕事は、状況を良くするどころか、さらに深刻な結果を招きます。

あなたの未来は、危険な選択ではなく、安全で正しい道によって守られるべきものです。

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